【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録】今年の夏の甲子園大会出場校が、30日に出そろった。そんな中、2014年夏に大阪桐蔭で全国制覇の経験を持つ元プロ野球選手が、新天地で奮闘中だ。15年のドラフト6位でDeNAに入団したが、一軍出場のないままに19年オフに戦力外通告。わずか4年間で引退した青柳昴樹氏(26)は、現在は土壌関係の会社の営業マンとして汗を流している。第2の人生でも原動力としているのが、現役時代の経験と先輩との出会い。人生観も変わったオーストラリア留学とは…。

 強豪・大阪桐蔭では、1年秋からレギュラーとして活躍。2年夏の甲子園(2014年)には外野手として出場し、優勝を果たした。

「甲子園は観客も多くて、緊張する場面もありましたが、打席に入ったら思ったよりも楽しくできました。しんどい練習をやってきていたので絶対に負けられないという思いも大きかったです」と振り返る。

 高校生活で印象に残っているのが2学年上の先輩で現在はオリックスで活躍する森友哉捕手(27)の存在だ。

「僕は中学校のころは体も大きくて飛距離もパワーもあったので、中学では自分が一番うまいと思っていました。でも、高校で森さんを見て、僕は全然ダメだなと痛感しました。引っ張っても、逆方向でもすごい打球が飛びますし、1人だけ飛び抜けていました」

 夏の大会に向けた追い込みの時期には周りが休んでいる中、森が練習後に冬用のグラコン(グラウンドコート)を着て走り込みをする姿を見てさらに衝撃を受けたという。「練習自体もきつかったですし、夏にグラコンを着るだけで暑くてしんどかったので。簡単にまねできないことだと思いましたし、パワフルというか、すごいなって感じました」

DeNAの16年度新入団発表会で。前列左から綾部、柴田、今永、熊原、戸柱、青柳、後列左から網谷、野川、池田社長、ラミレス監督、山本、田村
DeNAの16年度新入団発表会で。前列左から綾部、柴田、今永、熊原、戸柱、青柳、後列左から網谷、野川、池田社長、ラミレス監督、山本、田村

 高校卒業後は15年のドラフト6位でDeNAに入団するも、一軍の公式戦出場を果たせないまま19年に戦力外通告を受けた。

「僕の思い込みかもしれませんが、(19年の)夏ぐらいから首脳陣が優しくなったり、特打や特守の練習に名前が入らなくなったりして…。なかなか一軍に上がれていなかったですし、そういう時期かなと思いました」

 退団後は新しい道を切り開くことを決意。地元・大阪の株式会社ゼストに入社し、土壌関係のコンサルティング営業職に就いた。建築現場へ残土処理の飛び込み営業を行うなど、畑違いの仕事に戸惑うこともあった。しかし、思うような結果が出なくても前向きな姿勢だけは失わない。ここでもプロの経験が生かされている。

 3年目の18年にオーストラリア・ウインターリーグに参戦し、他国の選手のモチベーションに触れた。「オーストラリアで一緒に戦った海外の選手は打てなかったら、バットとかヘルメットを投げたりしてすごい悔しがるんですけど、次の日の朝になると“やり返してやるぞ”ってサッパリしてて。今も契約が取れなくても、次の日になったら前向きに、ここに営業仕掛けようって切り替えてやっています」

 さらにオーストラリア流の働き方を取り入れ、今年4月には国家資格の「運行管理者」を取得。

「向こうでは仕事終わりに残業するのではなく、出社時間前の朝にやらないといけないことをやって、仕事終わりは遊びに行ったり、家族の時間を大事にしていたんです。だから僕も資格を取るために朝2時間前に会社に来て勉強して、仕事終わりはジムに行ったりして、切り替えながら合格することができました」と笑顔で話した。

 ともにウインターリーグに派遣されていたのが、今やエースとして活躍する今永昇太投手(29)だった。「お前だったらいけるよ」と励まされ、クリスマスの休日には2人で現地の動物園に出掛け、カンガルーに餌をやって楽しんだ。「オーストラリアで一緒に時間を過ごした今永さんが今年のWBCの決勝で先発しているのを見て、うれしかったですし、自分も頑張らないといけないと思いました」。今も今永の存在が仕事の原動力となっている。

 持ち前の明るさと努力で年収はプロ時代を超えたが「もっと自分で案件を取って会社を大きくしていきたいですし、ベイスターズの方たちにお会いした時に、胸を張って今の仕事に誇りを持っていますって言えるぐらい大きくなりたいです」とさらなる飛躍を誓った。 

 ☆あおやぎ・こうき 1997年5月19日、大阪府泉大津市出身。小学1年生でソフトボールを始め、中学時代は硬式野球チーム「忠岡ヤング」で投手と遊撃手をこなした。大阪桐蔭で外野手に転向し、主軸を務めた2年夏の甲子園大会は決勝で三重を破って全国制覇、3年春の選抜大会でも4強に進出した。2015年のドラフト6位でDeNAに入団。一軍の公式戦出場を果たせないまま、19年に戦力外通告を受けた。現在は大阪の土壌運搬業「株式会社ゼスト」でコンサルティング営業職に当たっている。