第95回記念選抜高校野球大会に出場する鳥取城北OBの川野翔(28)がお笑いの世界で「メジャーリーガー」を目指している。吉本所属の芸歴3年目の川野は、2012年に主砲として甲子園に春夏連続出場。夏の初戦で聖地初勝利を挙げた。地元・兵庫から山陰の強豪校に入学し、冬は積雪と戦い、夏は灼熱の砂丘ランニングで下半身を鍛え上げた。さらに名門の相撲部にも〝強敵〟がゾロゾロ…。向こう見ずの川野は、同級生の横綱・照ノ富士(31=伊勢ヶ浜)とも大乱闘を繰り広げていた。
【気になるあの人を追跡調査!野球探偵の備忘録・前編】味わったことのない挫折感だった。2012年のセンバツ大会。開幕カードとなった三重との初戦は、劣勢の展開から9回に1点差に迫り、二死一、二塁で打席に立った。4番の重圧、打たないと試合が終わる…冷静ではいられず、バットはあえなく空を切った。「自信を持っていったけど、緊張が止まらなかった。俺に任せろ、と思って行ったけど、背負ってたものもあって…」。5―6と惜敗し、川野は5打席無安打、3三振。サイレンが鳴り響く中、これまで泣いたことがないほど泣いた。
ネットの掲示板で「お前のせいで負けた」と叩かれ、夏に向けて立ち直ることができないほど落ち込んだ。「ストライクとボールの見極めができなくなって、打者のイップスみたいになった」。そんな時、夏の県大会前に川野に彼女ができた。
「できたその日に打撃が復活しました。〝俺がお前を甲子園に連れて行ったる〟って漫画みたいなことを言ったら本当にいけた。彼女のおかげです。結局、半年でお別れしたんですけどね」
夏、帰還した鳥取城北は香川西との初戦を突破。5番で復活した川野はアルプスで見守る彼女の前で適時打を放ち、3―1と勝利に貢献した。2回戦で奈良の強豪・天理に敗れたが、「全部吹っ切れた。気負わず、落ち着いていけた。センバツで負けた時とは全然違うし、全員でやり切ったんで楽しかった」。最後に聖地で心が晴れた。
兵庫・伊丹ボーイズのコーチを務めていた山木博之監督との縁で鳥取城北に入学。監督の方針で初動負荷を取り入れたウエートトレ、食トレ、足腰を鍛える雪かきトレなどに取り組む。冬場は大雪のせいで長靴生活。寮から学校まで自転車で何度も転びながら通い、その通学路も自分たちで雪かきして整備した。そんな中で一番きつかったのが夏場の「砂丘ラン」だった。
「10キロランニングなんですけど、途中に砂丘があるんです。おんぶして砂の坂道を走る。そもそもおんぶ関係なしに砂の上を走れないですから。体形も大きいから一番きつかった。暑い日は砂丘が蜃気楼でモヤモヤしてるんです。頭もぼーっとして…思い出したくない練習です」。部員90人の激しいメンバー争い。103キロあった体重を80キロに落とし、苦労を重ねながら持ち前の勝負強さと柔らかい打撃でレギュラーを勝ち取った。
刺激になったのが、全国屈指の強豪として名を馳せる相撲部の存在だ。モンゴルからの相撲留学生の中に横綱・照ノ富士、水戸龍、逸ノ城がいた。全国大会で結果を出し、将来の大器として注目を集めていた。3人と同じクラスで仲が良く、席が後ろの照ノ富士には関西弁の「なにしてんねん」を教えた。「よく日本語を教えてました。今はインタビューでベラベラ話してるでしょう。あれは僕らが教えてたんです。そこは自慢ですね。彼は頭がよくて、数学のテストも96点とか。僕は30点くらいなのに…。運動もできて勉強も何でもできていた」と文武に優秀だったという。
それでもお互い体育会系だけにささいなことでケンカも起きる。照ノ富士にちょっかいをかけたらマジギレされ、大暴れ。周りの机が壊れ、教室が修羅場になった。体格は違ってもこちらも野球部の4番として引くわけにはいかない。「力が強すぎて〝これが壊れるのか〟という物が壊れる。ちょっかい出したり出されたり。勝てないけど、僕も立ち向かっちゃうんですよねえ。それでも勝てないからごめんなさいって…。初めて人に対してビクビクしました」。
逸ノ城には「捕まるとこの世が終わるような鬼ごっこ」で追い回され、水戸龍とのバトルでは背負い投げで叩きつけられて星が飛んだ。本気とも冗談ともつかない怪力に「3人ともふだんはやさしいけど、怒ったら怖かった。力がすごすぎた。敬語で謝るしかない」。
相撲部と切磋琢磨しながら野球部は2011年に秋の中国大会を制して明治神宮大会に出場し、4強入り。翌12年のセンバツ大会、夏大会と3度の全国大会出場を果たした。そんな川野には明確な夢があった。プロ入りではなく「お笑い芸人になりたい」…。
☆かわの・しょう 1994年7月9日生まれ。兵庫県出身。伊丹ボーイズを経て鳥取城北に入学。長距離砲として2011年に神宮大会でベスト4、12年には選抜大会、夏大会と2度の甲子園出場を果たした。大阪学院大学でも野球を続けるが、公式戦出場はなし。卒業後に芸人を目指して上京し、漫才コンビ「コンバート」「オリジン」を経て、現在は新しい相方を探している。SNSに積極的に野球ネタを発信。村上宗隆の打撃モノマネが人気となり、「偽村神様」とABEMAで取り上げられた。













