オリックスOBが18日、恩師の中西太氏(享年90)の逝去を悼んだ。中西さんは1995年からオリックス・仰木監督の懐刀としてヘッドコーチを3年間務めた。ほめる指導で選手に徹底的に向き合い、打撃力向上に尽力した。

 96年に近鉄から移籍し、連覇と日本一に大きく貢献したOBの大島公一氏(55=法政大助監督)は「早出練習に毎日付き合っていただいた。基礎を作っていただき、中西さんのおかげで何年も野球ができた」と感謝する。

 小兵だった大島氏に対し「クイックに、シャープに」と徹底指導。「お前は体が小さいんだから全身でシャープにクイックに動き、ツイストする動きが重要だと言われました。ティー打撃、フリー打撃を楽しくやらせていただいた。〝ケツ振れ、ツイストだ〟って。練習中に〝ダメだ〟とかは絶対に言わない。トレードで来た僕を自信を持ってグラウンドに立たすために気を使ってくれました。何苦楚(なにくそ)魂をよく言われ、基礎を作っていただいたと思っています」と恩師をしのんだ。
 
 長距離砲で〝デカ〟の愛称で親しまれた高橋智氏(56)も「中西さんとの練習の時間が楽しかった。ティー打撃も中西さんのところに並んだし、目線を僕らに合わせてくれた」と振り返る。出場機会に恵まれなかった高橋氏は99年にヤクルトに移籍するが、話を通してくれたのも中西氏だった。同年からヤクルトの打撃アドバイザーに就いていた中西氏と再会。試合前の神宮の室内練習場で連日、早出選手の打撃投手を務めてくれた。

「自宅から歩いて神宮まで来てくれて、心臓のペースメーカーを付けたまま投げてくれていました。動いた方がよかったのかもしれませんけど、2~3時間くらい。いいスイングをしたらほめてくれるし、オリックス時代と同じでネガティブなことは一切言わない。ありがたかった。選手の特徴を見て長所を伸ばす指導。オリックス時代はあまり使ってもらえない僕をいつも気にかけてくれたし、中西さんがいたから何とか頑張れていたようなものでした」と感謝の言葉を並べた。