阪神OBの藤川球児氏(42=現阪神球団本部付SA)が、10日の阪神―ヤクルト戦(甲子園)の試合前に行われた名球会ブレザー授与式に臨んだ。
日米通算245セーブを挙げた虎のレジェンドクローザーは、プレゼンターとしてセレモニーに出席した佐々木主浩氏(55=元横浜ほか)からブレザーを着せられ笑顔。自身の恩師にもあたる岡田彰布監督と、ヤクルト・高津臣吾監督とともに記念撮影に納まった。
ハマの大魔神として知られた佐々木氏も、燕の不動の守護神として日米通算313セーブを挙げた高津監督も、現役時代は背番号22を着用。藤川氏は「岡田さんが監督に就任した年の2004年のオフに、岡山でキャンプをしたのですが、その時が背番号が変わるタイミングだった。(岡田)監督から『22と17があるぞ。どっちにするんだ』って聞かれまして、僕的には17番の方が若いんでそっちを選ぼうかなと話をしようとしたら『小魔人くらいになれるで』と言ってもらって。岡田さんが22番にしてくれた。その方たちにきょう、挟まれて、しかも選んでくれた岡田監督もいらっしゃってすごく縁を感じた」と背番号22にまつわる〝奇縁〟を振り返った。
背番号を22に変更した藤川氏は、翌05年に伝説のリリーフユニット「JFK」の一角として大ブレーク。第1次岡田政権のリーグ制覇の原動力として大きな貢献をした。「正直、岡田監督の顔をみるとホッとしますよね。『ああ、監督や』と。今の選手も感じているでしょうけど、ドシっと構えてくれているというか。僕にとっても生みの親ですし、そういう思いは強い」と今も変わらぬ恩師への信頼と敬意を示した。












