【門倉健 7球団奮投記~行けばわかるさ~(最終回)】2012年11月、僕はNPB復帰を目指してトライアウトに参加しました。でもNPBの球団から連絡は来なかった。そこで現役生活に別れを告げることを決断しました。

 現役引退後、すぐに韓国・サムスンから投手コーチのオファーがあり、僕は韓国に渡りました。13年から15年までの3年間、コーチを務めた後、日本に戻り、19年から21年シーズン途中まで中日ドラゴンズの二軍コーチを務めました。退団の際には中日ドラゴンズの皆さんをはじめ、多くの方にご心配とご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳なく思っております。一昨年の12月からは埼玉県内で就職して再スタートを切りましたが、会社が先日、倒産してしまい、この4月からまた新たな職場で働き始めています。

 自分の野球人生を振り返ってみると、96年にプロ野球人生をスタートさせてから中日→近鉄→横浜→巨人→カブス(マイナー契約)→韓国・SK→韓国・サムスンと7球団を渡り歩き、最後はクラブチームの「伊達聖ヶ丘病院硬式野球部」でも投げさせてもらいました。つらいこともありましたが、いろいろなことを経験させていただきましたし、いろいろな方との出会いがあって本当に幸せな野球人生だったと思います。そして改めて野球をやっていて良かったなと感じています。

 3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は本当に野球の素晴らしさを再認識させてくれました。自分が投げているわけじゃないのに自分がプレーしているような緊迫感。中でも中日の二軍投手コーチ時代、一緒にやっていたドラゴンズの高橋宏斗投手がアメリカとの決勝戦に3番手として登板し、1イニングを無失点に抑えてくれたのはうれしかったです。少しでも関わったことのある選手がああいう場に立って世界一になった。本当に宏斗からはすごく大きな刺激をもらいました。

 日本が優勝した瞬間は手を叩いて大喜びしましたし、職場でも拍手が起こってました。みんなが笑顔になっている。野球って本当にいいなとすごく思いましたし、侍ジャパンの世界一で野球に対する情熱が新たに湧き上がってくるのを感じました。野球の面白さや素晴らしさを子供たちや多くの人に伝えたい。自分が生まれ育った埼玉からプロ野球やWBCで活躍するような選手が育っていくのをサポートしたいという気持ちも芽生えてきました。

 今後は仕事を続けながら、何かの形で野球とつながりを持っていきたいと考えています。東スポでもプロ野球の評論などを行っていくつもりです。この連載を通じて僕の野球人生につきあってくださり、本当にありがとうございました!(終わり)