【デンジャラスクイーンの真実#4】 1983年。ソフトボールの推薦で入学した都内の女子高で、えっちゃんという仲のいい友達ができました。このえっちゃんが「後楽園ホールに行こう」って誘ってくれたんです。彼女は小林邦昭さんとジャンボ鶴田さんの大ファン。新日本プロレスと全日本プロレスの両方を見る子でした。

当時の前田(右)は女性人気も高かった(83年5月)
当時の前田(右)は女性人気も高かった(83年5月)

 なぜえっちゃんと話が合ったのかといいますと、私の家では祖母がプロレスを好きで「(アントニオ)猪木ー! 藤原(喜明)きたー!」と興奮しながらテレビを見ていました。当時はゴールデンタイムで放送されていたのですが、他にも面白い番組があるじゃないですか。今のように見逃したら後から見ることもできず、翌日の学校では「あの番組見た?」って盛り上がるのに、私は見れなかったんです。でも、いつもテレビから流れるプロレスラーの名前はわかっていました。

 祖母が亡くなった後は、姉がプロレスを見るようになりました。姉は男子プロレスが好きで長州力さんの大ファン。テレビのチャンネル権争いは続きました。

 結局、えっちゃんとは後楽園ではなく、船橋運動公園体育館(千葉)の新日本プロレスの大会を見に行きました。あのころ目が垂れて髪が短かった私は「前田日明に似てる」って言われて、試合を見てファンになったのも前田さんでした。えっちゃんにとっては仲間ができた感覚だったんでしょうね。その後「休みの日に下北沢に行こう」ってお誘いがきました。おしゃれな洋服屋さんとかあるし、その誘いに乗ったんですが…あれはえっちゃんの作戦でしたね。

 ショッピングが終わると「近いから等々力に行こうよ。新日本プロレスの道場があるからさ」って。もし、最初から道場に行こうと誘われても「ノー」でした。埼玉からわざわざ行くのは面倒くさいじゃないですか。それに前田さんが好きでしたけど、追っかけるほどの熱狂的なファンではなかったし。むしろマッチ(近藤真彦)とかアイドルの方が好きでした。
 私とえっちゃんは下北沢から等々力の道場に行きました。たまたま、えっちゃんのお目当ての小林邦昭さんが道場の前にいて、少し話すことができました。そのとき、小林さんから「君はいい体してるね。女子プロレスラーになったら?」って言われたのです。

 小林さんも当時のことを覚えていましたから、これは本当。私は姉が見ていたから、ビューティ・ペア(故ジャッキー佐藤さん&マキ上田)を知っていました。男子より女子の方がすごいと思っていたのです。そこにトミー青山さん(※)がいて、格好いいと思っていました。すごいジャンプ力でスタイルがよくて。

 小林さんから女子プロレスを勧められた夜、私の心を動かした決定的な出来事があったのです。

※ 77年にデビューし、ルーシー加山とのクイーン・エンジェルスで活躍した女子プロレスラー