プロレス界のスーパースター、アントニオ猪木さん(享年79)が昨年10月1日に死去してから、早くも5か月がたった。今月7日には東京・両国国技館で「アントニオ猪木 お別れの会」が開催されるが、燃える闘魂を追悼する声は絶えることがない。元番記者による〝昭和の闘魂〟連載第27回は、猪木さんが見せた、旧友への「塩対応」を振り返る――。

 1988年6月、私は橋本真也とともに、米テネシー州メンフィスにやってきた猪木さんを出迎えた。

 猪木さんの目的は橋本を闘魂三銃士に加えること。そして、もう一つ注目されたのが当地で橋本のマネジャーを務めていたトージョー・ヤマモトとの再会だった。

 テネシーは猪木さんが若いころ武者修行したテリトリーの一つ。トージョーと、よくタッグを組んでいた。日系悪役レスラーのトージョーから田吾作スタイルのコスチュームを借りて試合したこともあるほどだ。

 猪木さんがテネシーを訪れる何日か前に、私を自宅に招いて夕食をふるまってくれたトージョーは「猪木さんと久しぶりに会える。楽しみですよ」と話していた。それだけに約四半世紀ぶりの旧友との再会は、猪木さんにとってもトージョーにとっても、さぞセンチメンタルであろうと思われた。

 ところが猪木さん、まさかの塩対応。とりあえず笑顔で握手、ハグして二言三言。それだけだった。トージョーもどことなくよそよそしく、表情も硬い。移動するときも2人の間にはだいぶ距離があった。

 これはいったいどういうこと? 時間がたっている分、再会の喜びが爆発すると思っていたのでかなり意外だった。対面が終わってから話を聞いても、2人とも相手については多くを語らなかった。

 時間は薬にもなるが、残酷にもなる。モハメド・アリと戦い世界中が知っているスーパースターとなった猪木さんとの〝差〟が、2人の間に壁をつくってしまったのか。それとも昔、女を取り合ったり金でモメたりしたことでも思い出したのだろうか。

 プロレス雑誌も「感動的再会」と報じたと記憶しているが、私は帰国してからもしばらく複雑な思いだった。

 そして今は、この話に登場した私以外、みんな亡くなってしまったことに悄然としている。

(元プロレス担当・吉武保則)