ノアの〝プロレスリングマスター〟武藤敬司(60)のラストマッチ(21日、東京ドーム)が、いよいよ迫ってきた。選手、ファンからはマット界を代表するレジェンドの引退を惜しむ声があふれているが、この男もその1人。DDTの秋山準(53)だ。目標とした大先輩であり、同じ釜の飯を食ったこともある武藤の存在は、どう映っていたのか? 2人を分断した全日本プロレス分裂騒動の〝真相〟とは――。
21日の東京ドーム大会で新日本プロレス・内藤哲也との引退試合に臨む武藤について、秋山は「アメリカではグレート・ムタが活躍したし、世界で活躍した。まさに、武藤さんのような人がレジェンド。長いことやってた人をレジェンドと言うけど、それは違う。俺らとは全然違うから」と尊敬のまなざしを向ける。
初めて対戦したのは2001年10月8日の新日本・東京ドーム大会。ノア所属選手として初めて新日本のリングに上がった秋山は永田裕志と組み、武藤、馳浩組と対戦した。武藤と最初に組み合った瞬間は鮮明に覚えている。
「ソフトな感じかなっと思っていたら、ガツッときたんだよ。『お前には負けねえぞ』って。橋本(真也)さんが武闘派のイメージだったけど、全くの逆。武藤さんが武闘派だった」
その後も12年2月の東日本大震災復興支援チャリティー大会「ALL TOGETHER」(仙台)などで対戦の機会に恵まれ、12年3月には3冠ヘビー級王者として武藤を迎え撃った。
全日本マットでの邂逅(かいこう)は13年だ。ノアを退団した秋山らは、2月から武藤率いる全日本に参戦。ところが同年6月を持って武藤は多くの選手らと退団し、W―1を旗揚げした。お家騒動は大きな波紋を呼び、残留組と移籍組に分断された。
全日本に残った秋山は「武藤さんから『一緒に行かないか?』と声をかけてもらったんだ。全日本にこだわって戻ってきたばかりで行かなかったけど。だから、分裂したことに悪い気持ちとかない。逆に『誘ってやったのに何だよ』と思われていたかもしれないけど」と当時の内情を明かす。
ただし、多少なりとも残念な気持ちがあったのは事実。分裂前の数か月、全日本は武藤、秋山、諏訪魔、潮崎豪のヘビー級をはじめ屈指の選手層を誇ったからだ。「もう少し武藤さんたちとやりたかった気持ちもあった。新日本に対抗しうる人員がそろっていたし。まあ、タラレバだね」
先日、武藤から「俺も上の人間がいなくなったら寂しくなった。秋山も俺が引退したら寂しくなるぞ」と言われた。ふと思うと、四天王(三沢光晴、小橋建太、田上明、川田利明)と闘魂三銃士(武藤、蝶野、橋本)のうち、リングに上がり続けていたのは武藤だけという現実に気づいた。「そう考えると寂しくなった。目指していた上の世代の最後のとりでが武藤さんだったから。1つの時代が終わるみたいな感じですよ」
最後に秋山は「一回、ゆっくりしてください。(テレビ番組やSNSでの)長州力さんとの掛け合いを楽しみにしています」とエールを送ると「2年くらいたったら『体の調子が良くなったから、ちょっとやるよ』とか言って復帰すると思うよ」と笑顔をのぞかせた。












