【女子レスラー名鑑(全日本女子、ガイア・ジャパン)】1990年代にファンを熱狂させた空前の女子プロ対抗戦ブームの中で、カリスマ的存在となり、名実ともにトップに立ったのが、現在はタレントとして活躍する“鬼嫁”こと“デンジャラス・クイーン”北斗晶だ。

4月の初戦でキックを神取(左)に見舞う北斗
4月の初戦でキックを神取(左)に見舞う北斗

 1985年6月にデビュー。新人としては異例の連戦連勝を記録して、86年には全日本ジュニア王座を獲得する。87年には試合中に首の骨を折るアクシデントで引退の危機に直面するも、不屈の闘志で88年に復活。リングネームを本名から北斗晶としてみなみ鈴香との「海狼組(マリンウルフ)」で活躍。WWWAタッグ王座を獲得した。

 90年代に入るとヒールに転向。三田英津子、下田美馬らと「猛武闘賊(ラス・カチョーラス・オリエンタレス)」を結成し、ヒールながら爆発的な人気を獲得した。93年から対抗戦ブームが訪れると“ミスター女子プロレス”こと神取忍(現LLPW―X)と2度にわたる死闘(93年4月横浜、12月両国)で女子プロ史上に残る壮絶な“ケンカマッチ”を展開。1勝1敗の五分に終わったが、この2戦は今でも伝説として語り継がれる。

 94年11月には最初で最後の全女東京ドーム大会でメインに立ち「V★TOP WOMAN 日本選手権トーナメント」でアジャ・コングを下して優勝。不思議と全女の至宝で“赤いベルト”WWWAシングル王座とは縁がなかったものの、名実ともに女子プロ界の頂点に立った。

 最近になって北斗はワイドショーで「神取のことが大嫌いで仕方なかった。ドームの廊下でもケンカした」と語っているが、神取は「あれ? 仲は悪くなかったけどなあ」とケロッとしている。これは多分に「都合の悪いことは記憶から消す」ミスターの性格によるものと思われる。憎悪に近いライバル心がなければ、あそこまでの死闘は成り立たなかっただろう。

 対抗戦ブーム後も「レイナ・フブキ」として海外でも活躍。フリーを経て96年には長与千種率いるガイア・ジャパンに移籍し、02年4月に引退した。95年には当時、新日本プロレスの佐々木健介と結婚。“鬼嫁”として引退後も健介のマネジャーとして裏から表まで健介が独立後の「健介オフィス」を支え、時には試合も行った。

 同時にタレントとして大活躍。15年には乳がんを患うも克服。主婦層を中心に支持を集め、ユーチューブの登録者数は30万人にも及ぶ。2児に恵まれ長男は昨年5月、女子プロレスラーの門倉凛と結婚。現役時も引退後も大成功した数少ない女子レスラーである。