2022年のプロレス界最大の衝撃は、やはり10月1日に〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)が死去したことだろう。プロレス界の太陽はファンの心に永遠に生き続けるが、その猪木さんは「不思議な力」の持ち主だったことをご存じか。元番記者が燃える闘魂の〝昭和〟を振り返る連載特別編では、知る人ぞ知る「ハンドパワー」にまつわる逸話を公開。信じるか信じないかはアナタ次第です――。
猪木さんといえば、ハンドパワー。
「ちょっと10メートルぐらい離れて、手のひらをこっちに向けて立ってみな。俺が気を送って熱くするからさ」
1986年1月、プロレス担当になって数日といったところだった。確か埼玉の大宮だったような気がする。駐車場みたいなところで猪木さんにつかまった。
とりあえず言われた通りにする。猪木さんも手のひらを私の方に向け真面目な顔をしている。3分、4分…。沈黙のまま時間だけが過ぎていく。何も起こらないし、何も感じない。レスラーたちは皆、私の方を見てニヤニヤしている。
「どうだ、手が熱くなってきたろう」と真顔で聞いてくる猪木さん。私は首をひねりながら「うーん、どうでしょう。あんまり感じないです」と正直に答えた。すると猪木さんは「今日は調子が悪いみたいだな」と面白くなさそうな顔をして、その場から離れていった。
何が何だか分からない私に、先輩記者がこう話しかけてきた。「お前もついにやられちゃったな。まぁ、みんなが通る道だから」。若手レスラーも「洗礼ですよ、洗礼」と肩を叩いてきた。
それからしばらくたった、ある朝。新幹線に乗るレスラーたちと駅で一緒になった。なぜかみんなテンションが高い。藤波辰爾が我慢しきれないとばかりに話しかけてくる。「昨日のこと、もう聞いた? いや~、すごかったよ」。ニヤニヤしながら鼻息を荒くしている。
何がそんなにすごかったのか。昨夜の泊まりは小郡駅(現・新山口駅)前のホテルだったが…。坂口征二も加わってきた。「最上階のラウンジでみんなで飲んでたんだけどよ、一緒になった女の子に猪木さんがよ…」。やはりニヤニヤしている。そのうち木村健悟や越中詩郎らも入ってきて、それぞれ熱く昨夜の出来事を語りだした。
話を総合すると、猪木さんは5メートルほど離れたところに座っていたミニスカートの女性のヒザを開かせるため〝気〟を股間に送ると言い出したそうな。股を熱くして御開帳させようという作戦(何だそりゃ)。猪木さんが〝気〟を送り出してしばらくすると、その女性は「アー、変。何か熱い、アー」と言いながら、ヒザをパカッと開いてパンツ丸出しとなったとか。レスラーたちは拍手喝采。猪木さんは得意満面だったという。
そんなことがあった後、今度はマスコミとの食事会が九州のどこかで開かれた。私と一緒に参加した九州スポーツの白石明カメラマン(現OB)は歯痛で「右のほっぺが腫れてるっちゃ」と浮かない顔をしている。それを猪木さんは見逃さない。
「何だ、歯が痛いのか。じゃ、俺が今から〝気〟を送って治してやるよ」
ハンドパワー。しばらくすると「おおっ、痛みが引いてきました」(白石カメラマン)。猪木さんは「そうだろそうだろ」と、すっかり気をよくしている。「白石さん、いいとこ打ちすぎですよ」(適当に話を合わせすぎ、という意味のプロレス界の隠語)と苦笑する私に、白石カメラマンは「いや、本当っちゃ。痛みがね、こうスーッとね、なくなってきよるんよ。不思議よね」。
「そっち(私のこと)もどっか痛いところあったんじゃないか。やってやるよ」と私も猪木さんに迫られたが、埼玉での手のひらのこともあったので遠慮した。すると他社の記者、カメラマンが4~5人、猪木さんの前に列をつくって〝気〟を送ってもらっているではないか。
「お前らもいいとこ打ちすぎだよ」と笑いながら声をかけた記憶があるが、ちょっと待て。よく考えると、私以外の全員(パンツを見せた女の子も含む)が猪木さんをゴキゲンにしている。
そうか、そうだったのか。効き目を感じようが感じまいが、猪木さんから「熱くなってきただろう」と聞かれたら「あー、熱くなってきました」と答えるのが〝正解〟だったのか。
記憶をたどると、この後、猪木さんは私にハンドパワーを決して送ろうとはしなかった。(元プロレス担当・吉武保則)












