〝関節技の鬼〟が知る亡き師匠の素顔とは――。組長こと藤原喜明(73)がインタビューに応じ、10月1日に死去したアントニオ猪木さん(享年79)との秘話を明かした。「INOKI BOM―BA―YE×巌流島in両国(猪木祭り)」(28日、東京・両国国技館)に出場するシビサイ頌真、イゴール・タナベの特別コーチ務め、猪木さんの追悼イベントを陰からサポートする藤原には、唯一〝師匠超え〟を果たしたものがあった。
――猪木さんの追悼興行に出場する選手に指導した
藤原 俺が(カール)ゴッチさんから教わって、常に「もっといい方法がないだろうか」と考えてやってきた技術なので、知りたい人がいるなら伝えていきたいと思っているよ。それで使う使わないはそいつの勝手だ。
――猪木さん亡き後の格闘技界はどうなるか
藤原 見たい人や、やりたい人がいる限り続くんだろう。人間も動物だから闘争本能がある。その闘争本能を戦争ではなく、こういうこと(格闘技)に回した方が平和だよ。
――「格闘技で平和を」というのは猪木さんの考えでもあった
藤原 そうだね。しかし、そうやって動いてだまされることもいっぱいあった。猪木さんって、すぐ人を信じちゃうんだよ。でも、それがまたいいところでもあってさ。欠点がない人ってつまんないもんな。
――懐刀として長年、猪木さんのそばにいた
藤原 猪木さんのことを一番知ってるのは俺だよ。それは確かに、間違いない。昔、酒飲んでる時に猪木さんがみんなの前で「こいつは俺の背中を流して、俺のアソコの大きさまで知ってるんだよ」って言っていたし。
――そんなことが!
藤原 それで猪木さんが俺に「見てどう思った?」って言ったんだ。だから「勝った!と思いました」って言ったら、悔しそうにニヤーっと笑ってたよ。
――下は〝師匠超え〟していたとは…
藤原 まあな(ニヤリ)。酔っぱらって絡んでも笑っていたよ。でも、実際は酔っぱらったフリだったんだ。猪木さんだって、たまには絡まれたいんだよ。だから絡んでガス抜きしてやってたんだ。
――猪木さんに絡める人なんて世界に一人しかいません
藤原 昔、8年くらい禁煙している時期があったんだ。それなのにスッと葉巻を差し出されたから「いただきます」って吸ってさ。それで葉巻にハマっちゃって、禁煙が終わったこともあった。葉巻って高いんだよ。それで随分生活が苦しくなった。そういえば、IGFって試合後にパーティーがあったんだよ。
――大会後恒例のアフターパーティーですね
藤原 そこで猪木さん、最後に「1、2、3、ダーッ!」って叫んで帰るんだ。その時、俺に「おい、待ってるぞ。六本木な」って、そっとささやいて出ていくわけだ。なんかね、あの瞬間はしてはいけない恋愛のような感じがして、毎回感動したんだ。
――素の猪木さんを目の当たりにしていた
藤原 そう。人前に出る時は常に「アントニオ猪木」で、たまに「猪木寛至」に戻る時がある。
――そういう時にお酒は欠かせなかったと
藤原 とにかく酒が強かったからな。最後はテキーラだ。「帰るぞ」って言ってテキーラをガバガバガバって飲んでいた。まあ、とにかく酒でいろいろな思い出があるよ。(晩年に患った難病)全身性トランスサイレチンアミロイドーシスが出てからもしばらくは飲んでいたし。アミロイドになる前だったか、中国の酒で白酒っていうのはアルコールが60%以上あるんだけど、あれを2人で2本飲んだなあ…。












