【今村猛 鉄仮面の内側(12)】カープが25年ぶりの優勝を達成した2016年は、2人のベテランがチームに復帰した2年目でした。僕がデビューしたころには黒田さんはもうバリバリのメジャーリーガー。もちろん面識もありません。
そんな黒田さんの現役最晩年に同じチームでプレーできたのは財産です。ただ、年齢差や先発、リリーフという立場の違いもあり、そんなに濃厚な付き合いがあったとはいえません。
黒田さんからかけられた言葉や、2人だけのエピソードなどないですか、と取材陣に聞かれたこともありましたが正直、あまりないんです(笑い)。
黒田さんは40歳をすぎていても、NPBに復帰して2年連続で2桁勝利を記録しました。中4日調整のMLBでの生活がリズムになっていて、それを日本式に戻すのは簡単なことではなかったはずです。
環境への適応を可能にし結果を残すためにどんな努力をされたのか。体の状態が万全ではない中でも徹底した体のケアを行っていたのを目の当たりにしました。これは改めて勉強になりました。
練習に関してもあの年齢で、あれだけの実績があるわけで、マイペース調整が許されて当然ですよね。でも、ゆっくり現場に来るどころかしっかり朝早くにグラウンドに現れて練習をしているわけです。
後々聞くと、それは黒田さんが意図的にやっていたことで、背中を見せるという意味があったというのを知りました。そういう部分もすごく勉強になりました。
僕にとって7年目の16年、最終的には勝利の方程式にハマった形でシーズンを終えることができました。ただ、その前の2シーズンは思うように投げられなかったこともあり、中継ぎ投手の一人としていろんな場面で投げて結果を残さなければいけない立場でスタートしました。
僕はもともとは5回とか6回での出番が多かったですね。7回に誰が投げるかというのははっきり決まっていない状態が続いたと思います。もともとは中田廉さんや一岡竜司さんが投げていたところに、成績を残してきた僕が食い込んでいったような形です。
今村、ジャクソン、中崎のリレーが確立したのは実は本当にシーズン終盤の方だったんですよ。でも、その形のままでクライマックスシリーズも勝ち抜いて日本シリーズにまで進出できた。日本ハムとの頂上決戦では日本一を逃したものの、6試合すべてに登板し4ホールド。それぞれにタイプの違う投手ですが、ジャクソン、中崎とのトリオに関しては自分の中でも思い入れがありましたね。
あのころは調子の悪い時から取り組んでいたことも身について結果も伴いました。上原浩治さん(巨人、レッドソックスなど)スタイルの打者の手前でスッと沈むスプリットがその一つです。どうやって投げるんだとジャクソンにも握りなどを質問されましたね。あのボールは本当にハマってくれました。
「優勝に貢献した輪の中心にいた」。そういう表現を黒田さんにもしていただきました。自分ではそんなふうには思ってませんし、本当かどうかわからないですけど。黒田さんの現役最後のシーズン、リーグ優勝を決める試合を「黒田―今村―ジャクソン―中崎」のリレーで締められたのは一生の思い出です。











