【今村猛 鉄仮面の内側(6)】 3年の長崎県大会の準々決勝で長崎日大に負けて部活を引退しました。自分ではプロのスカウトがどこの球団から来ていたのかとか全然、情報は入ってこなかったんですよね。
後々聞くと一番熱心だったのはカープだったと監督は教えてくれましたけどね。でも、本当にざっくりした情報だけだったですね。
僕としてはどの球団から指名がかかってもプロで野球をやりたいという思いでした。九州出身ですし、地元・佐世保の大先輩の城島健司さんがいたソフトバンクには、もしそうなればいいなくらいの気持ちはありました。
10月29日のドラフト会議ではカープが単独1位で指名してくれました。11月13日には仮契約を結んでいます。当時の報道によると先輩の河内貴哉さん(国学院久我山=現球団広報)以来、10年ぶりの高卒指名での契約金1億円、年俸1000万円ということで、最高の条件を提示していただきました。
当時の首脳陣の育成方針で二軍でじっくりという話になっていたそうですが、当時の僕はそんなつもりではなかったですね。できることなら1年目から一軍でどんどん活躍したいと思っていました。
ただ、1年目のオープン戦の最後の方に気になることもありました。中継ぎでブルペン投球していた時のことです。投球時に右肩甲骨の裏側の筋肉が肉離れを起こしてしまったんですよ。そこからずっと右肩には違和感がある感覚というか…。
そのシコリというのは実はいまだにあるんですけどね。そんな状態でプロとしてのスタートを切りました。4月21日のウエスタン・ソフトバンク戦では中継ぎとして初登板。7月22日に行われたフレッシュオールスターではウエスタン・リーグの先発も務めさせていただきました。
プロ入りして何を感じたかというと、ストライクゾーンの違いですね。右投手が右打者の外角低めに投げるとすると、高校時代に比べてボール2個分くらい違うと思うんですよ。プロのストライクゾーンは狭い。当時はそう思って適応できないでいましたね。
ただ、逆に考えれば高校野球のストライクゾーンは広すぎるんですよ。あんなのプロレベルの投手がストライクからボールになるスライダーを投げたら打てっこないですからね。バットを4インチ(約10センチ)くらい伸ばさないと当たりませんよ。
そうこうするうちに僕はプロ1年目から一軍で先発チャンスに恵まれることになります。しかし、ここで予想もしなかった悪夢を見ることになります。
8月18日に一軍登録され、その当日にヤクルト戦(マツダ)で先発することになりました。先頭打者の青木宣親さんを二飛に打ち取ったかと思ったのですが二塁・東出さんの目に西日が入り落球(記録は安打)。続く田中浩康さんの打球はポップフライでしたが、一塁・ヒューバーと東出さんが交錯する形で失策(記録は一塁失策)。さらにホワイトセルへ四球を許し無死満塁のピンチを背負ってしまいます。
ここで踏ん張れればよかったのですが…。19歳の自分はプロの洗礼を浴びることとなりました。












