1日に死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)の追悼連載「猪木自身が語った名勝負10番」第7回。燃える闘魂激闘史の中で異彩を放つのが「はぐれ国際プロレス軍団」との1対3ハンディ戦だ。圧倒的不利な一戦にも、生前の猪木さんが語っていたところでは、勝機はあったという。
【猪木自身が語った名勝負(7)】1980年代初頭、猪木は「はぐれ国際プロレス軍団」のラッシャー木村、アニマル浜口、寺西勇と激しい抗争を繰り広げた。
81年に国際プロが崩壊し、生き残りをかけた3人から宣戦布告を受けて開戦。前代未聞の1対3ハンディキャップ戦が組まれたのが、82年11月4日と翌年2月7日の蔵前国技館大会だ。
猪木が3人を下さなければ勝利にならないのに対し、国際軍団は誰か一人でも土をつければ勝利という圧倒的不利なルール。2戦とも奮闘はしたものの、ともに最後の相手にリングアウト負け、反則負けで、連敗を喫した。このハンディ戦が組まれたきっかけは、猪木の「3人まとめて来い!」の言葉がきっかけ。それも闘魂流の〝仕掛け〟だった。
「非常識なことが一つの観客へのあれ(サービス)でしょ? 勝ち負けは当然、3人も相手にして勝てるわけがないかもしれない。でも、やってしまう。一番はリングから夢を送ることですから。常識を超えて、ファンが意表を突かれるという」
その発想はどのように芽生えるのか。「計算してたかって言われると困る。持って生まれたもので『どうしたら喜んでもらえるか』『興味を持ってもらえるか』という方向に動くんでね。やはり『何を差し置いてもこの試合を見に行きたい』と(思わせたい)」
実は勝算もあったという。ヒントは剣豪の宮本武蔵が吉岡一門の門弟100人を相手にしたという、いにしえの戦術だ。「宮本武蔵が吉岡道場に追われた時(足場の悪い)田んぼのあぜ道に入ったんですよ。そうすれば戦う相手が1人になるから。そんな本を読んだことがあって。相手が1人ずつであれば、自分のスタミナも考えれば、スタミナさえあれば3人であろうと戦える。一緒にワッと来られたら、それは難しいかもしれないけど」
武蔵から戦いのヒントを得て観客を魅了する。燃える闘魂の発想力が凝縮された一戦だった。
▽1対3変則タッグマッチ
寺西勇
アニマル浜口
ラッシャー木村
27分7秒
リングアウト
アントニオ猪木
●寺西
13分3秒
逆十字固め
猪木○
●浜口
9分27秒
体固め
猪木○
○木村
4分37秒
リングアウト
猪木●
(1982年11月4日、新日本プロレス・蔵前国技館)
▽1対3変則タッグマッチ
寺西勇
アニマル浜口
ラッシャー木村
21分16秒
反則
アントニオ猪木
●木村
10分10秒
体固め
猪木○
●寺西
5分10秒
アバラ折り
猪木○
○浜口
5分56秒
反則
猪木●
(1983年2月7日 新日本プロレス・蔵前国技館)












