1日に心不全で死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)の通夜式が13日、都内でしめやかに営まれ、〝炎の飛龍〟藤波辰爾(68)が師匠をしのんだ。
参列後、「まだね、話したいことがいっぱいあった。でも、入門した時と全く同じ気持ちでね。あれだけ試合で戦っていながらも、猪木さんの前に立ったら何も言えないんですよ。それを悔やみきれない。なんでいろいろ話せたのに、いろいろな会話をしなかったのかなってね」と沈痛の面持ちで語った。
「僕の人生そのものというか、人生の道しるべ」だった猪木さんの付け人を務め、1972年に新日本プロレスを旗揚げする際にも行動をともにした。祭壇に飾られた師匠の遺影を目にし、さまざまな出来事が走馬灯のように駆け巡った。
「マフラーとか、あの赤い祭壇がすぐ目に入ってきた。いい顔をしてましたね。あの遺影を見つめるのが精いっぱい。どう問いかけようかと頭にいろいろあったけど、整理がつかないというか。自分の人生を変えてくれた方なので、『ありがとう』という言葉しかないんですよね」
同時に猪木さんからの「さあ、あとはもうお前たちに任せたぞ」という〝メッセージ〟も感じ取ったという。
藤波は「力道山先生が亡くなられた後、(ジャイアント)馬場さんと猪木さんでここまでプロレスをつくり上げてくれた。これからは我々が、下の世代に猪木さんの闘魂を伝えなきゃいけない」と表情を引き締めた。











