【赤坂英一 赤ペン!!】あの「新井さん」が、来季からカープの指揮を執る。コーチ未経験での監督就任は〝ミスター赤ヘル〟山本浩二氏、野村謙二郎氏と同格の抜てきだ(野村氏はメジャーで臨時コーチ経験あり)。

 一昔前なら新井氏本人も想像できなかった人事だろう。現役時代の2014年オフ、7年ぶりに阪神から広島に復帰した新井氏が、しみじみ話していたのを思い出す。

「僕がまたカープのユニホームを着れるなんて、夢にも思わなかったですよ。僕はもう、カープに戻っちゃいけない人間だと思ってましたから」

 新井氏は07年オフにFA宣言し、慕っていた先輩・金本知憲氏の後を追って阪神へ移籍。当時は広島ファンに「裏切り者」呼ばわりされ、ズタズタに切り裂かれた新井氏のユニホームがマツダスタジアムのグラウンドに投げ込まれたりした。

 その阪神で活躍の場を失った14年、広島・鈴木球団本部長から「帰ってこいや」と声がかかる。新井氏としては「正直、すごくうれしかった」。が、生真面目な性格だけに「申し訳ありませんが、やっぱり帰れません」とかたくなに固辞し続けた。

 新井氏は、当時の胸中をこう明かしている。

「人生であんなに悩んだことはないです。1週間ぐらい、ずうっと葛藤が続いてました。カープを出るときより戻るときのほうがよっぽど悩んだ」

 そんな最中、新井氏に電話をかけてきたのが、当時メジャーにいた黒田博樹氏である。「話なら聞いてるぞ」と、黒田氏は諭すように言った。

「何も気にすることなんかない。おまえはカープに帰ればいいんだよ」

 黒田氏の一言が、新井氏の背中を押した。この年11月10日に鈴木球団本部長と話し合い、同月14日に正式契約。その日のうちに記者会見して「新井さん」は再び広島に返り咲いたのだ。

 一方、黒田氏のカープ復帰が明らかになったのは、それから1か月以上たった12月27日。推測だが、黒田氏は新井氏に電話した時点で、自らも広島に戻ることを決めていたのではないか。自分が帰るカープには新井が必要だ。そう考えて自ら電話をかけたのだろう。

 いま振り返ると、黒田氏から新井氏への電話がなかったら、16年の25年ぶりのリーグ優勝も、新井氏のMVP受賞も、そして今回の監督就任もなかったかもしれない。そういう意味で「新井監督」は黒田氏との絆が生んだとも言えそうだ。

☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。