【猪木に挑んだモンスター】昭和プロレス黄金時代、多くの「異種格闘技戦」が行われた。記念すべき第1戦は1976年2月6日、東京・日本武道館で行われたアントニオ猪木―ウィリエム・ルスカ戦。その後、多くの格闘家がプロレスのリングに足を踏み入れた。その中からひときわ“異能”ぶりを発揮した選手を振り返る。第1回は鋼鉄の手錠を引きちぎった、あの男の登場だ。
ホテルの一角でまさかの――。とんでもない〝絞首刑〟パフォーマンスを披露したのは、79年4月3日に福岡スポーツセンターで猪木と対戦したレフトフック・デイトンだ。右奥のクロークから和装の女性従業員が心配そうに見つめる中、絞首刑の状態で約10秒間耐えてみせた。
3月21日に来日。プロ空手の選手というが、日本ではまったくの無名。レスリングで高校チャンピオンになったことがあり、ウエートリフティングでも活躍したという。ルールについて問われると「何でもいい。しかし、俺がグローブをつけなければ、猪木は戦わないだろう。素手なら、猪木の手首を握り潰すのはたやすいことだ。ルールもチャンピオンの好きなように決めたらいい」と豪語した。
翌22日、宿泊先のホテルで首つりのほかにコイン曲げ、テニスボール潰しなど驚きのパフォーマンスを次々に披露し、不死身の肉体と人間離れした怪力をアピール。3月26日にはテレビ朝日系「アフタヌーンショー」に出演し、600キロの荷重に耐える手錠を力任せに引きちぎってみせた。これには司会の川崎敬三もビックリだ。
注目の試合は、序盤はデイトンのペース。8オンスのグローブを着用したため、猪木の手首を握り潰すことこそなかったが、破壊力抜群のパンチ、キックを的確にヒットさせる。グラウンドに持ち込まれても力任せに脱出し、主導権を渡さない。
決戦を詳報した4月4日付の本紙では「まだ余裕すらみせるデイトン、猪木には焦りにも似た戸惑いが感じられる」と序盤を総括したが「いくら首が強くても要は頭を使って攻めればOKさ。ヤツの弱点はアタマじゃないか」と推測していた猪木が4ラウンド、ついに大逆転。強烈な頭突き4連発で、デイトンの額を割ってみせた。その後もなりふり構わず頭突きをゴツンゴツンと食らわせ、実に計36発! 最後は6ラウンド1分29秒、バックドロップ2連発でTKO勝利を収めた。
デイトンの強さがあったからこそ、追い詰められた猪木の闘魂大爆発という結末がより際立った。無名の選手ではあったが、当時のファンにとっては思わぬ拾い物とでも言うべき名勝負だった。(敬称略)












