昨年2月に亡くなった野村克也さん(享年84)と、師弟関係の間柄だった評論家の柏原純一氏(69)が、11日に行われた「野村克也をしのぶ会」に参列。野村さんとの日々に思いをはせた。
野村さんと柏原氏は南海での現役時代、監督と選手の師弟関係、1999年からの阪神監督時代は一軍打撃コーチとして指揮官として野村さんを支えた。
生前の野村さんの生い立ちや現役・監督時代の映像が余すことなく映像で紹介されたなか、柏原氏が感慨深く眺めたのは、南海時代という。「やっぱり、野村さんが監督で、僕が選手だった時代のことだよね。試合終わった後に、毎晩、野村さんの刀根山(大阪府豊中市)の自宅に通っていたことかな。どうしてもつき合いで『すいません、きょうは勘弁してください』って、飲みに行って帰ってくるまで、野村さんが家の玄関の前で立って待っていたことだったり」。
プロ6年目の1976年から師弟関係が始まり、野村さんとの連日連夜のマンツーマン指導により、柏原氏は長距離砲として本格化。プロ通算232本塁打を放つに至った逸話を昨日のことにように思い出したという。
また、現在では数少ない南海時代を知る球界OBならではの〝感想〟も。「(息子の)克則の挨拶を聞いてたらさ(父の)野村さんに似てきたなあって(笑)。豊中に住んでいたころは赤ん坊だったんだから。それが、こういう場で立派な挨拶をするようになるんだもんな。話し方というか、喋っているときの『間』とか、本当にお父さんそっくり(笑)」。半世紀近く「野村家」と交流してきた柏原氏ならではの視点で、野村さんの功績を偲んでいた。












