ヤクルト監督などを歴任し、昨年2月11日に亡くなった野村克也さん(享年84)をしのぶ「野村克也をしのぶ会」が11日に神宮球場で行われ、野球評論家の江本孟紀氏(74)が弔辞を読み上げた。

 南海時代に野村さんが捕手兼監督を務め、江本氏が投手だった間柄だけに、〝エモやん節〟も全開で知られざるエピソードが次々と語られた。

 江本氏は冒頭から「あなたに初めて会ってから、来年で50年になります。長いお付き合いでしたが、思い返してみれば私があなたに褒められたのはたった一度しかありません」。

 江本氏は東映から南海にトレードされた1972年、阪急とのダブルヘッダーで行われた開幕戦の2戦目に先発。山田久志と投手戦を繰り広げ、延長13回に押し出し死球を与え、味方の援護がないまま0―1で敗れた。

 その帰りのバスで野村さんから語られた言葉が〝最初で最後の誉め言葉〟になったいう。

「チームメートに『お前ら、今日は江本に借りができたな。次は返してやれよ』と声を張り上げました。ただ、あなたに褒められたのは後にも先にも一回きりです。どれだけ勝っても、プレーオフや日本シリーズで勝ち投手になっても、引退して解説者、評論家になってからも一度も褒められた記憶はありません。揚げ句『三悪人』とか言われていました」

 また、野村さんの阪神監督時代に解説者として投手起用を批判した翌日には、神宮球場の三塁ベンチで「シートノックが始まるまで言い争いをしていました」とも…。歯に衣着せぬ物言いは弔辞でも健在だったが、すべては固い絆で結ばれていたからこそだ。

 江本氏は最後に「野村さん、空の上で私の声を聴いてくれていますか? 強かった南海の4番バッターで正捕手で優勝監督。そんな大先輩に弔辞を私が任せられるなんて本当におこがましいです。今日の弔辞はいかがでしたか? やはり褒めてくれないかもしれませんね。弔辞を読んだことをいつか空の上の三塁ベンチで一緒に話ができたらいいです。その時はボヤきもなし、ケンカもなしで、2度目のお褒めの言葉をください。野村さん、本当に今までありがとうございました」と締めくくった。