【プロレス蔵出し写真館】プロレスとサッカーの異色のコラボが実現する。
今月20日、国立競技場で開催された、「パリ・サンジェルマン・ジャパンツアー2022」でのパリ・サンジェルマンVS川崎フロンターレ戦の大型ビジョンに映し出されたのは〝邪道〟大仁田厚。
大仁田は、8月13日に神奈川・等々力陸上競技場で行われるサッカーJ1、川崎フロンターレVS京都F.C.戦の試合前に電流爆破デスマッチを行うことをアナウンスした。いまだに話題に事欠かない大仁田のしたたかさには、感嘆してしまう。
大仁田は1990年始めから95年5月5日、川崎球場のリングで2度目のプロレス引退をするまで、絶大な人気を誇っていた。試合後、大勢の観客がリングの周囲を取り囲み歓声を送った。大仁田はマイクで、「FMWは絶対に潰さん!」と締め、マットに叩きつけて四方の観客に指差しポーズ。
観客はさらに熱狂。まさに〝大仁田劇場〟だった。
今から30年前の92年(平成4年)2月7日、大分県立荷揚町体育館で行われたストリートファイトタッグマッチ。大仁田はサンボ浅子と組み、サブゥー&ビッグ・タイトン組と対戦した。試合は、浅子がタイトンのパワーボムに沈んだが、勝負の行方に関係なく、観客はリングに殺到した。すると、大仁田は額から流血したまま集まった観客の中に頭を突っ込んだ。大仁田の頭突きを食らうかもしれない行為にも、観客はうれしそうだった。
このマイクパフォーマンスに、いつからか、水の入ったビール瓶を若手の女子レスラーから手渡され、その水を口に含んで観客目がけて噴射するという〝聖水プレイ〟も加わった。
大仁田はテレビドラマやバラエティーにも出演し、92年6月に幕張メッセで開催された「92東京おもちゃショー」ではぬいぐるみが登場するほど。〝泣き芸〟も浸透し、いつしか、〝涙のカリスマ〟と呼ばれるようになった。
89年7月にFMWを設立した大仁田は、類まれな発想力と企画力を発揮。青柳政司と異種格闘技戦で旗揚げ戦を行い、松永光弘とは鉄条網タッグで対戦。有刺鉄線ボードを場外に敷いた、バリケードマッチでは栗栖正伸と対決した。観客0のノーピープルマッチ、日本初のリングを海に浮かべる洋上マッチも実現させ、リングが台風で届かないとみるや、ノーリングマッチを敢行した。
そして、何といっても最大のヒットが、等々力のサッカーファンに公開される電流爆破デスマッチだろう。初公開されたのは90年8月4日、東京・レールシティ汐留(相手はターザン後藤=ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ)。
撮影には耳栓が必需品のド派手な試合形式で、度肝を抜かれたのを今でも覚えている。大仁田はこの試合で、プロレス大賞とベストバウトも受賞した。
電流爆破はその後、様々な〝オプション〟も加わり、今月17日のファイヤープロレス(大阪・花博記念公園)で大仁田が行ったのは、「スクランブルバンクハウス・エニウェア電流爆破バット+爆破ロケット+有刺鉄線ボード・エクストリーム地雷爆破デスマッチ」。やたら長い名称が付けられていた。
電流爆破の乱発で、爆破に麻痺しているプロレスファンがいるのも否めないが、大多数がサッカーファンなら、そんな心配も無用だろう(敬称略)。












