ストロング小林さん死去に新間寿氏が「昭和の巌流島」の思い出を明かす 「私が見た中で最高の試合」

2022年01月06日 21時23分

新間寿氏(東スポWeb)
新間寿氏(東スポWeb)

 元プロレスラーのストロング小林こと小林省三さんが81歳で死去していたことがわかり、〝過激な仕掛け人〟新間寿氏(78)が自身が企画した伝説の「昭和の巌流島」を振り返って故人をしのんだ。

 小林さんは1974年3月19日に新日本プロレス蔵前国技館大会でアントニオ猪木氏の持つNWF世界ヘビー級王座をかけて激突。当時としては異例の日本人トップ選手同士のシングルマッチは大きな話題となり「昭和の巌流島」と呼ばれる日本プロレス史に残る名勝負になった。猪木氏がフィニッシュで小林さんの巨体を叩きつけたジャーマンスープレックスホールドは、猪木氏の両足が浮くほどの破壊力で、語り草になっている。

 フロントとして同戦に関わった新間氏は「蔵前国技館がはち切れそうなくらい入ったんですから。通路にまで人が座って、1万6500人っていう人が入った。ストロング小林アントニオ猪木戦は私が見た中で最高の試合だった」と振り返る。「決して人の悪口を言わない人が、6メートル44のリングの中に入ると吹っ切って戦う、本当に真剣で真面目な人だった」と小林さんの印象を語った。

 国際プロレスのエースだった小林さんの新日本参戦には紆余曲折があった。国際プロレスは契約違反を主張したため、小林さんは一時的に仲裁役の東京スポーツ新聞社所属のレスラーとなった。新間氏は「どうしてもやりたいからこそあの試合が実現できたんですよ。小林さんも東スポさんには本当に感謝感激だったんです」と明かしていた。

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