ダンプ松本 女子特有の陰湿ないじめ 長与は泥棒扱い

2019年12月30日 16時30分

同期4人でリングを設営。下積みの日々が続いた。左から飛鳥、ダンプ、大森、長与(提供写真)

【ダンプ松本の壮絶人生「極悪と呼ばれて」:連載7】デビューから約2年間、同期でも落ちこぼれだった私と長与千種は、先輩からいじめの標的にされた。当時は年間300試合。ほとんど毎日が巡業で、東京に戻ってくるのは2か月に1回ということもザラだった。ストレスを発散するいいはけ口だったのだろう。

 当時の宿泊先は旅館が主だった。玄関先に飾ってある亀の甲羅を背負わされ「お前はのろまだから亀だ」と外をはわされたこともある。先輩は笑いながらパンをちぎって投げ捨てる。私は黙って口だけで地面に落ちたパンを食べるしかなかった。

 移動バスの中には洗濯物を干すハンガーがあって、選手のコスチュームや下着が常時干されていた。ある日、私を集中的にいじめる先輩が「お前は太っているから干してやる」と言い出してTシャツの両肩を洗濯ばさみでつるされた。猛スピードで走るバスの車内で約2時間もユラユラとバスタオルのように揺れているしかなかった。つらかったが情けなくて涙も出なかった。

 ゲーム用のお札を渡され、給油に立ち寄ったガソリンスタンドで「まんじゅう買って来い!」と言われたこともある。30年以上も前のスタンドだ。今のようにコンビニのような機能なんて備っているわけがない。「そんなもんあるか!」と店員に怒鳴られ、うなだれて戻ると、もうバスは発車している。先輩に無理強いされて、運転手さんも車を出さざるを得なかったのだろう。ゆっくり走る。バスを、真っ暗な道を1キロほど追いかけると、ようやく止まってくれた。

 同じようないじめに遭っていた同期が旅先から1人、2人と消えていった。千種もまた耐えていた。彼女は肩幅が広い。先輩は「お前、新人のくせに何を肩で風切って歩いてんだ!」。自然と彼女は猫背になっていた。あの明るい千種が、だ。

 当時トップだったジャッキー佐藤さんの財布が消えた事件が起きた。夕食の前、旅館の大広間に全員が並んだのを見計らって、マネジャーが「実はジャッキーの財布が盗まれた」と切り出した。皆が息をのんで上を見る。タイミングが悪いことに千種はその時、茶碗蒸しをスプーンですくって食べていた。下を向いているのは千種だけだ。それだけの理由で彼女が犯人にされてしまった。

 かばんやら衣類やら何やら全部調べられたんじゃないかな。当時は何年に一人かは必ず盗癖がある子がいた。今思えば犯人は察しがつくんだけど、千種はよく耐えたと思う。でも体にしっしんができた時「お前は病気だから近寄るな」と吐き捨てられた時は泣いていた。本当に辞めようと思ったんじゃないかな。

 どんな世界でも、いじめは絶対に許される行為ではない。しかし「今に見てろ。必ずお前らに仕返ししてやる」という思いだけで耐えていた。練習でもパンチやキックを怖がる私は、ロープで両手首をしばられた状態で、先輩に顔面をボコボコにされた。そんな時に優しい言葉をかけてくれるのは、決まって悪役の先輩だった。ベビーフェースほど裏表がある。「悪役になろう」。私は固く心に決めていた。光が見えた。

☆だんぷ・まつもと=本名・松本香。1960年11月11日、埼玉・熊谷市出身。1980年8月8日、全日本女子プロレス・田園コロシアムの新国純子戦でデビュー。84年にヒール軍団・極悪同盟を結成してダンプ松本に改名。長与千種、ライオネス飛鳥のクラッシュギャルズとの抗争で全国に女子プロ大ブームを巻き起こす。85年と86年に長与と行った髪切りマッチはあまりに有名。86年には米国WWF(現WWE)参戦。88年に現役引退。タレント活動を経て03年に現役復帰。現在は自主興行「極悪祭り」を開催。163センチ、96キロ。

(構成・平塚雅人)

関連タグ: