【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】1408。これはヤクルト・坂口智隆外野手の2019年終了時点の通算安打数だ。あと92本で1500安打。だが、沖縄・浦添での春季キャンプ中、あえてその数字には触れずインタビューを終えようとした場面があった。すると、こんな言葉が口をついた。

「俺はプロ野球界で一番地味な1400安打選手なんとちゃうかなあ。巨人、広島で頑張ってる長野(久義)の方がたくさんヒット打ってると思ってるファンの人がほとんどちゃう? 俺らの世代で一番ヒット打ってるの誰か知ってます?」

 イメージというものは怖い。聞かれた瞬間はすぐには分からなかった。坂口はオリックス時代の11年、長野も巨人時代の12年に最多安打のタイトルを経験したヒットマン。どっちだろ…。スマホでパッと調べると長野は1316安打(今季76安打で通算1392安打)。1984年生まれでは坂口の安打数がナンバーワンだった。

 団体競技である野球ではチームの勝利が第一。坂口はフォア・ザ・チームの典型のような選手だが、プロの世界であるからこそ個人成績や記録も勲章になる。これまで通算安打を意識した発言など聞いたことがなかったから、自ら切り出してきたのは意外だった。

 思えば昨季は開幕3戦目で左手親指骨折。シーズンの大半を棒に振り、8安打に終わった。まだ36歳ながら、そろそろ大きなケガは現役として致命傷にもなりかねない。そんな危機感もあっての発言だったのだろう。

 坂口は今年10月19日の阪神戦(甲子園)で通算1500安打を達成。そこからさらに6安打して18年目のシーズンを終えた。今月2日の契約更改交渉では500万円増の推定年俸1億2000万円プラス出来高払いでサイン。さっそく来季を見据えていることだろう。

 来年の七夕には37歳を迎え、19年から結んでいる年俸変動制の3年契約は最終年となる。今季114試合で打率2割4分6厘、9本塁打、36打点と納得いく数字ではなかった。さらにチームは三塁、一塁、外野を守れる大リーガーのオスナを補強。村上が一塁に回る機会が増えれば出場試合の減少もあり得る。「個人的にも勝つためのピースとしてレギュラーをまたつかみ取りたい」というのは偽らざる本音だ。

 ただ、逆境に強いのも坂口だ。15年にオリックスを自由契約となり、そこからヤクルトで返り咲いた。来季から4年、40歳のシーズンまで年間120安打ペースを保てれば2000安打の大台も見えてくる。

 新型コロナウイルスの影響で変則的だった今季を振り返り「自分の中で『まだできるな』という可能性を感じる年でもあった」という坂口。ここまできたら球界で最も地味な名球会会員を目指してもらいたい。

 ☆ようじ・ひでき 1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。