阪神・藤川引退〝電撃発表〟のウラに「鳥谷の教訓」

2020年08月31日 20時24分

ともに阪神を支えた藤川(左)と鳥谷

 藤川球児の引退は、なぜこのタイミングだったのか? 今日から9月とはいえ、まだ60試合。考え方によっては、どの立場の選手でも「挽回可能」な時点での異例の早さとも言える球団からの引退発表には、コロナ禍でのシーズンゆえの特殊な背景もある。

 今季は公式戦は11月まで開催されるが各球団、来季に向けての編成作業は、例年通りに進めていかなければならず、来月10月下旬にはドラフト会議も例年と同じタイミングで開催予定。編成面においては、来季を見据え、実績があるベテランや外国人選手などの去就関連や、二軍でくすぶる整理対象の選手については、例年通りの手順で「戦力」としての見極めを進めていく必要性があるためだ。

 その中で阪神が特に気を使ったのが、功労者の扱い。背景には昨年の教訓が大いにあるとみられる。昨年同時期、球団は藤川と同世代の生え抜きの功労者・鳥谷と、来季の去就についての話し合いの場を持ちながら、物別れに終わり、結果的にロッテに〝流出〟となってしまった。

 当時は、ファンからも「生え抜きにも冷たい」「退団以外の選択肢はなかったのか?」と球団は批判にさらされた。同じく球団の大功労者の藤川に対し、同じ轍を踏むことだけは避けたいところでもあった。球団は昨年の一件を繰り返すことなく、あくまで「本人の意向や意思」に沿って、その経緯や会談で出た結論を極力、公にした。「本人とコミュニュケーションを密にした」ことだけは、きっちりと示せたベテランの去就発表となった。