平成16年プロ野球史上初のストライキが決行 巨人・渡辺オーナーの「たかが選手」発言に反発

2020年07月01日 11時00分

巨人の元オーナー・渡辺恒雄氏

【球界平成裏面史(63) 近鉄編(4)】平成16年(2004年)のキャンプイン前夜、1月31日に近鉄球団のネーミングライツ売却計画が発表された。だが、他球団オーナーから猛反発をくらい立ち消え。それが6月13日には球団合併という形に発展し、近鉄本社もそれを認める事態となった。

 近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併。こちらはネーミングライツと違い根回しができていたようだ。6月21日の実行委員会、7月のオーナー会議では既成事実であったようにスムーズに承認へ向けての動きが進んでいった。

 このままではパ・リーグは5球団になってしまう。選手、スタッフ、ファンも置き去りの議論が急展開していく。この時点で近鉄・礒部公一選手会長も、近鉄担当記者だった筆者自身も感じていたことがあった。すでに落としどころが決まっているのでは…。最初から近鉄、オリックスの合併ありきで話が進んでいるのではという疑念だ。

 案の定、浮上したのが「10球団1リーグ制」の構想だった。この発想は当時、経済効果が絶大だった巨人戦をパ・リーグ球団が求めたという背景もある。7月8日のオーナー会議で合併が承認。当時の西武・堤義明オーナーはもう一つの合併が進行中であることも明かした。その対象がダイエーとロッテだという情報も飛び交った。

 当時の礒部は言った。

「12球団を10球団に減らすことありき。その前提として近鉄存続の可能性は0%。他企業に買い取ってもらうとかもない。僕なんて一選手ではあるけど、選手会長として関西の儲かってる企業に『バファローズを買ってください』とお願いする。せやないと行き場をなくす人がたくさん出てくる」

 礒部の思いとは裏腹に、どんどん合併成立へ議論は進んだ。財界人であるオーナー企業側の論理で粛々と。

 ただ、世間を相手にする大企業も世論を無視はできなかった。巨人・渡辺恒雄オーナーが、オーナー側と対話を求めた日本プロ野球選手会会長・古田敦也(現野球解説者)に向けた発言は物議を醸した。

「分をわきまえんと。たかが選手が。立派な選手もいるけどね。ストやるなら、どうぞやったらいい」

 最終的には9月8日のオーナー会議で合併が正式承認されはした。ただ、その間に選手が試合開始前にファンの前に立ち、合併阻止へ署名活動を行った。ファンも反対運動を起こした。球団側と選手会の労使交渉は決裂し9月18、19日にはプロ野球史上初のストライキも決行された。

 礒部は「ホンマに試合やめてええと思うか? 大義名分はあっても、それやめたら俺らが存在する意味あるんかな」と悩める胸の内を漏らしていた。選手会の苦渋の選択を経て9月22、23日の労使協議で次シーズンでの12球団維持、新規参入球団の審査を開始することが決まった。

 この翌日は9月24日。近鉄が最後に本拠地・大阪ドームで公式戦を行った日だ。シーズン中に現役選手が大事な試合の前日に会議の日々だ。

 礒部は「こんなこと言ったらアカンけど、ここ3か月ほど野球どころじゃなかった。ライト守っててもボーッとしてまう時もあったし。でも、淡々と時間は過ぎる。合併も止められへん。もう、近鉄として大阪ドームで最後の試合なんやな」と涙を浮かべた。

 ストライキを経て選手会側の要求が通り、12球団2リーグの存続を勝ち取った。だが、同時に本当に大事なものは戻ってこないことも決まった。近鉄とオリックスの合併は決定事項。モヤモヤしたまま、球団の歴史上最後の本拠地開催、大阪ドームでの西武戦が始まった。

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