エンゼルス・大谷翔平 松井秀喜氏との意外な〝共通項〟 怪物を生んだ驚きの「母父DNA」

2021年07月19日 11時00分

大谷(左)と松井氏の共通点とは…

【松下茂典・大谷と松井、太平洋に虹を架けた二人(連載1)】唯一無二の活躍で、日本どころか全米の注目を集めているエンゼルス・大谷翔平投手(27)。「二刀流」もさることながら、前半戦だけで元ヤンキースの松井秀喜氏(47)のシーズン31本塁打を超える33本塁打を放ち、日本人初の大リーグ本塁打王まで視野に入れている。そんな日米を股にかけ、大きなホームランでファンを魅了した大谷と松井氏には、意外な「共通項」があるという。ノンフィクションライターの松下茂典氏が「太平洋に虹を架けた二人」と題し、緊急寄稿だ。

「野球選手は母の父から多くの遺伝子を受け継ぐ。血統を重んじる競馬も同じ。競馬新聞の馬柱には、父の父は載っていないが、母の父は必ず出ているだろ」

 いまは亡き原貢(三池工、東海大相模を率い、夏の甲子園大会で全国優勝した高校球界の名将。巨人・原辰徳監督の父)が、満面に笑みを湛えて語った言葉である。

 プロ野球界のエースになった菅野智之の“母・父”が、原貢であることは言うまでもない。

 彼が説いた“母・父”DNA説は、海を渡って大きなホームランを連発し、日米の野球ファンを沸かせる大谷翔平にもぴったりと当て嵌まる。

 翔平の母・加代子の父に話を聞いたのは、2014年夏。翔平が球宴で160キロ台のストレートを連発し、ファンの度肝を抜いた年だった。

「翔平は、おれの血を色濃く受け継いでいる。おれは中学時代、野球部に所属し、エースで4番。駆けるのも、跳ぶのも、誰にも負けなかったよ」

 中学の後輩である加代子の従弟が打ち明ける。

「ぼくが秦野市(神奈川県)の中学校に入学したとき、おじさんの走り幅跳びの学校記録が残っていました。記録は何十年も破られていないと知り、仰天しました」

 加代子によると、父は昭和9年生まれながら身長が180センチ近かったという。

「父と外出するとき、私の恰好は、いつも野球帽と半ズボン。子ども三人(加代子は二番目)は、みんな女の子でしたから、父は野球ができる男の子がほしかったんでしょう。そんなわけで、私は中学生になるまで、一回もスカートを穿いたことがありませんでした」

 大谷以前に海を渡り、ホームランを量産し、日米の野球ファンを沸かせた日本人打者は一人しかいない。2009年のワールドシリーズでMVPを獲得した松井秀喜(当時・ヤンキース)だ。

 大谷と松井に共通しているのは、母親がスポーツウーマンだったこと。加代子が高校時代、のちにバルセロナオリンピックに出場する陣内貴美子と何度も対戦したバドミントンの名手なら、秀喜の母・さえ子も、高校生のときにバレーボール部で活躍し、インターハイに出場している。

 さえ子の父、つまり秀喜の“母・父”は剣道の達人。兄は合気道三段。そんな武道一家のせいか、秀喜は野球より先に柔道や相撲で頭角を現している。

 小学校5年のとき、石川県大会無差別級の個人戦で第3位。内股が得意技だった。中学校に進むと、地元の石川県能美郡の相撲大会で優勝をさらっている。

 最近、石川県で話題になっている大相撲・序二段の松井(本名・松井拡樹。体重164キロ)は、秀喜の親戚である。(文中敬称略)

 ☆まつした・しげのり ノンフィクションライター。1954年、石川県金沢市生まれ。明治大学卒。「広く」「長く」「深く」をモットーに、アスリートのみならず家族や恩師等に取材し、立体的なドラマ構築をめざす。主な著書に「新説・ON物語」「松井秀喜・試練を力に変えて」「神様が創った試合」。近著に1964年の東京オリンピックをテーマにした「円谷幸吉・命の手紙」「サムライたちの挽歌」がある。

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