【プレイバック1994米国W杯#6】1994年の米国W杯は7月2日から決勝トーナメントが始まった。

 印象に残っているのはその暑さだ。試合は日中、35度を超える猛暑の中行われ、選手のコンディション作りを難しくし、マラドーナが去ったアルゼンチンや前大会の覇者ドイツなど、有力候補が次々と姿を消した。

 混沌とした状況の中、徐々に調子を挙げてきたのがブラジル代表だった。毎回優勝候補に挙げられるブラジルだが、今大会のチームは国内の評価は低く、守備的なチーム作りに批判的だった。ただ、そんなブラジル代表で試合以外の部分で大きなテーマがあった。それは「アイルトン・セナに優勝を捧げる」というものだ。

“音速の貴公子”と呼ばれた、ブライル出身のF1ドライバー、アイルトン・セナは1994年5月1日、レース中の事故で死去した。国民的な英雄・セナを失った衝撃は大きく、ブラジル国内では後追い自殺をする若者まで出たほどだ。

ブラジル代表を引っ張ったロマーリオ(1994年7月9日、米テキサス州ダラス)
ブラジル代表を引っ張ったロマーリオ(1994年7月9日、米テキサス州ダラス)

 セナの死去から1か月後に開催された米国W杯ではブラジルのサポーターはスタジアムでセナへの思いを書いた横断幕などを掲出し、代表チームにセナを悼む気持ちを託した。さらにメディアもこれを後押する格好となっていた。

 選手たちがどんな思いだったのかは分からなかったものの、ブラジル代表は7月9日に行われた準々決勝のオランダ戦でその凄味を見せつけた。一部では「事実上の決勝戦」とも呼ばれたこの試合は大会のベストマッチと言われた。

 試合はブラジルが先制し、オランダが追いつく…というスリリングな試合展開となった。しかし、最後はDFブランコがフリーキックを決め、3―2で勝利。ゴールを決めた直後のブランコの雄叫びは印象に残っている。

 試合後、大一番を制したブラジルの選手たちは口々に「尊敬していたセナに優勝を捧げたい」と優勝への強い思いを語った。そして準決勝ではスウェーデンを破り、決勝へと駒を進めたのである。

決勝点のフリーキックを決めたブラジル代表のブランコ(1994年7月9日、米テキサス州ダラス)
決勝点のフリーキックを決めたブラジル代表のブランコ(1994年7月9日、米テキサス州ダラス)