【プレイバック1994米国W杯#8】1994年7月17日に行われた米国W杯決勝はPK戦の末、ブラジルがイタリアを破り、4回目の優勝を果たした。試合後には、この年の5月1日にレース中の事故で死去したF1レーサー・アイルトン・セナを追悼するセレモニーも行われた。「守備的でつまらない」などと国内では散々批判されていたがブラジル代表は「尊敬するアイルトン・セナに優勝を捧げたい」という重大なミッションを果たすことができたのである。
同日の夕方、ブラジル代表が宿泊しているロサンゼルス郊外のホテルで祝勝会が行われた。1階のラウンジに代表スタッフやメディア関係者が数十人参加。冒頭にキャプテンのドゥンガがあいさつして乾杯…となった。
選手たちが退席した後は、出席者はなごやかな雰囲気で談笑していた。ところが、カウンターで飲んでいた2人が口論を始め、取っ組み合いのケンカを始め、殴りかかった。テーブルが倒れ、グラスが吹っ飛び「ガチャン!」という音がした。直後に数人が2人を取り押さえ、大事には至らなかったが、会場はお祝いムードから一変して騒然とした雰囲気となった。
ブラジル代表のチームの関係者は「トラブルを起こしたのはチームの広報担当とメディアの人間だよ。あいつは辛らつなことばかり書いていて、広報担当は怒り心頭だったんだ。でも優勝したら、手のひらを返すようなことを言ってきて、カチンと来たようだ」と明かしてくれた。
ふと上を見ると、2階のテラスに代表選手たちがいて、この様子を見ていた。キャプテンのドゥンガもいた。騒動を聞きつけ、集まってきたようだが、記憶に残っているのは彼らの冷めた表情だった。特段、驚いているわけでもなかった。「あ~、またやってるわ」というような表情で、おそらく、彼らにとってはこの程度の騒動は日常茶飯事だったのだろう。
米国W杯は、コロンビア帰国後にエスコバルが射殺されるという悲惨な事件はあったが、大会自体は幸いにしてテロなどなど大きな事件が起こることなく閉幕した。
11日(日本時間12日)に開幕する米国・カナダ・メキシコという3か国共催の北中米W杯は48か国という史上最多の国が出場。かつてない規模の大会であることに加え、先行き不透明な国際情勢のリスクも指摘されている。熱戦を期待するのはもちろんだが、何より無事に大会が終えてくれることを願いたい。














