【プレイバック1994米国W杯#1】2026年FIFAW杯北米大会が6月11日(日本時間12日)に開幕する。今大会は史上最多の48か国が出場し、104試合が行われる。米国・カナダ・メキシコの共同開催だが、カナダ・メキシコが13試合。米国では78試合が行われる予定で、米国が中心のW杯と言える。
米国でW杯が開催されるのは1994年以来。当時の米国は“サッカー不毛の地”とも呼ばれていた。32年前の大会ではどんなことがあったのか。1994年大会を振り返ってみた。
米国大会で最も記憶に残っているのが、アルゼンチン代表の伝説的な選手、ディエゴ・マラドーナだ。本紙の取材班が米国入りしたのは大会が開催される2週間ほど前の6月初旬。最初に訪れたのはボストンだった。マラドーナが所属するアルゼンチン代表が滞在していたからだ。
滞在しているホテルを特定するのに手間取ったものの、何とか場所を突き止めホッとして、ホテル内のレストランに入りコーヒーを頼んだ。ふと横を見ると、驚いたことに、3メートルほど離れた席にマラドーナがいた。彼は妻と2人の子どもと談笑していたのだ。本紙カメラマンはカメラをテーブルに置き、彼らに向かってレンズを向けて2度ほどシャッターを切った。
その直後、マラドーナが両手を振りかざしながらものすごい形相でこちらに向かってきたのだ。どうやら隠し撮りがバレたのだ。
カメラマンはフィルムを抜いて(当時はデジタルではない)必死に謝罪。記者も必死に頭を下げ、マラドーナの怒りは何とか収まった。
その後、奇跡的なことが起きた。カメラマンが他国の記者らとの交流を深めるためのおみやげとして成田空港で買った力士の人形がついたボールペンをマラドーナに渡し、頭を下げた。すると彼は「ワォ!」と声を上げて喜び、何と家族4人の写真を撮らせてくれたのだ。
彼が家族と一緒の写真を撮らせるというのかなりレアなケースということで、かなり話題となったものだ。マラドーナと一瞬、心が通じあった…とも思えたものだ。
ただ、それも本当に束の間だった。ホテル内にはマラドーナを撮る目的で、世界各国のカメラマン数十人がいて、彼を追いかけ回した。
奇跡的なショットの翌日、当然、本紙も彼の動きを追い続けた。エレベーターの前まで追いかけ回されると、さすがにうんざりした様子で、本紙のカメラマンに向かってボールを投げつけた。
前日笑顔を見せてくれたマラドーナが、隠し撮りを見つけた時のようにカメラマンを睨みつけたのだ。多数のカメラマンの中で本紙カメラマンを選んでボールを投げつけたのは「お前もかよ」という意味だったのか…。ホテルで最後に見せたのは怒りの表情だった。(#2につづく)















