【プレイバック1994米国W杯#2】“サッカー不毛の地”米国で開催された1994年W杯は、開幕直前になっても盛り上がる気配がなかった。開催3日前にシカゴ市内の中華料理屋の店主に「サッカーのW杯が開催されるのを知っているか?」と聞くと「聞いたことはある」という、つれない答えが返ってきた。

 米国内で6月17日の開幕前にW杯がメディアで取り上げられたことはほぼなかった。米国でサッカー人気がないこともあるが、最大の原因は全米を揺るがす事件が起きたことだろう。いわゆる“O.J.シンプソン事件”である。

O.J.シンプソン(ロイター、2013年)
O.J.シンプソン(ロイター、2013年)

 テレビでは一日シンプソン事件がニュースが流れていた。この事件は元アメリカンフットボールのスーパースターで俳優としても活躍していたO.J.シンプソンの元妻が刺殺され、シンプソンが容疑者となったというものだ(シンプソンは後の裁判で無罪になった)。

 シンプソンに逮捕状が出ると、出頭を拒否したシンプソンが乗った車とパトカーがカーチェイスを繰り広げ、16日のテレビではこの様子がライブ中継されていた。開幕前日にして、テレビではサッカーのサの字もなかった。

 米国W杯はサッカーが盛んではない国で初めて開催された大会だった。米国は世界最強のスポーツ大国でありながら、サッカーは全く人気がない…。国際サッカー連盟(FIFA)にとって、市場拡大のため米国でサッカーを盛り上げるのは長年にわたる重要なテーマだったのだ。

 翌日、シカゴで行われたドイツ対ボリビアのW杯開幕戦はスタジアムはほぼ満員となった。試合前には、世界的な人気歌手のダイアナ・ロスが歌を披露するなどの簡素なセレモニーが行われた。ただ、試合は退屈な内容で、全く盛り上がらなかった。正直「大丈夫なのか」と心配になったほどだ。

 その夜もテレビをつけると、トップニュースはO.J.シンプソン事件で、W杯を扱った番組を見ることはなかった。

満員になった開会式(1994年6月17日、シカゴ・ソルジャーフィールド)
満員になった開会式(1994年6月17日、シカゴ・ソルジャーフィールド)