名将が〝日本の至宝〟を起用しなかった理由とは――。昨季まで13年連続でJクラブの監督を務めた長谷川健太氏(60)は、FC東京の指揮官時代にスペイン帰りのMF久保建英(レアル・ソシエダード)をトップチームでデビューさせた一方、レギュラーには抜てきしなかった。なぜ久保を重用しなかったのか。久保が不満を抱き、横浜Mへレンタル移籍することになった当時を振り返った。
スペイン1部バルセロナ下部組織所属だった久保は国際サッカー連盟(FIFA)から18歳未満の外国人選手獲得と登録違反による制裁を受け、公式戦出場停止に。日本へ戻ることを決意した。2015年に古巣川崎ではなくFC東京の下部組織に加入。16年に中学3年ながらユースチーム所属でトップチームに出場できる2種登録も済ませた。
同年にJ3だったFC東京U―23のメンバーとして公式戦に出場。15歳5か月1日の最年少記録をつくると、17年3月にルヴァンカップでトップデビュー。同年11月にプロ契約を締結した。だが18年の飛躍が期待される中で、長谷川氏は積極起用しなかった。「なぜ? 技術的な面で非凡なものはあったが、インテンシティー(強度など)の部分で大人とは違っていた。J1レベルではなかった。そのあたりはタケとも話をした」という。
元指揮官は「攻撃の部分、チームの役割の部分で…。下部組織ではタケを中心としたチームをつくっていたので『何でもOK』という中で育ってきた。いきなり大人のサッカーに入ってきて、さすがにちょっと違う。それでチームの約束事をすることも話した。タケの中では解決できていても体格や強度の違いで難しかった」と振り返る。
18年はリーグ前半戦で4試合に途中出場。久保にとっては納得のいかない結果だった。そこでレンタル移籍を決断。長谷川氏は「(守備面など)足りないところの話もした。物分かりのいい子なので消化して。自分の意見も言える子だったけど、多分もう決断をしていた。クラブ全体で話もして、ご両親とも相談しながら環境を変えることになった。手放したくはなかったけど、将来のために協力しようとなった」という。
18年8月、横浜Mに加入。ただ久保の処遇は変わらず、5試合出場(先発2試合)という結果でFC東京に復帰した。長谷川氏は「タケも1年目から使っていたら今のタケになれたのか。横浜Mに行って、あんまり試合に出られず戻ってきて。タケの中でそれなりに悔しい思いをしただろうし、そういう思いが成長につながる。そのタイミングでタケも伸びた」と目を細めた。
19年は開幕スタメンに抜てき。好パフォーマンスを発揮した。13試合出場(先発12)と主力を担ったが、国際移籍が可能となる18歳になったのを機に、6月にスペイン1部レアル・マドリードへ移籍することになった。長谷川氏は「G大阪時代に(堂安)律も見てきたけど、タケの方が大人。より自分に厳しいかな」とし「スペインでも成長した。言葉ができるのもあるけど、点が取れるようになったから。狭い局面でのボールタッチとかシュートの精度とか、日本の中では頭一つ抜けている」と指摘した。
これまで岡崎慎司、堂安、久保と世界で活躍する選手と関わってきた。「そういう選手と出会えて運が良かった。世界で活躍してホッとしているというか…」と語り、6月開幕の北中米W杯に向けて「さらに輝いてほしい」と日本の原動力となるようなパフォーマンスを期待している。













