初代タイガーマスク(68=佐山サトル)のストロングスタイルプロレス「デビュー45周年記念特別イベント」(28日、東京・後楽園ホール)は1350人超満員札止めの観衆を集め、大盛況に終わった。

 1980年代の新日本プロレス黄金時代をけん引。UWFのリングでも活躍すると、プロレス・格闘技の指導者としても多くの人材を育てた。現在はパーキンソン病とメニエール病で闘病生活を続けているが、この日は花道を歩いてリングに上がり、リング上でも立ったまま手を振って元気な姿を見せ、ファンを喜ばせた。

 68歳になった初代タイガーは、その情熱も衰えていない。支えるものは何か。イベント後の会見では藤波辰爾、藤原喜明、前田日明氏、山崎一夫氏ら先輩後輩と並び「感無量です」と、静かに話した。タイガーマスクについても「新日本プロレスの若手の結晶。みんな厳しいトレーニングを積んで、切磋琢磨したからここまで来れた」と仲間たちに感謝する。今後に向けても改めてプロレスの再建を口にした上で「いい選手をつくりたい」と話した。

 実際、初代タイガーは新日本に復帰した1990年代後半からプロレス再建を目指していた。柔道のバルセロナ五輪95キロ超級銀メダルの小川直也を師匠の故アントニオ猪木さんとともに鍛え上げた。合宿の食堂でプロレス談義になると、2時間超えは当たり前。昼食後から夕方まで4時間を超えることもあった。小川氏のYouTube番組の企画で対談したときも、「すべては新日本プロレスを良くするため。猪木さんや僕らがいた当時に戻す」といった趣旨を繰り返した。

橋本 vs 小川の試合終了後、混乱を鎮めようとする佐山聡(手前中央=1999年1月4日、東京ドーム)
橋本 vs 小川の試合終了後、混乱を鎮めようとする佐山聡(手前中央=1999年1月4日、東京ドーム)

 初代タイガーは、99年1月4日の新日本・東京ドーム大会で〝破壊王〟橋本真也を撲殺KO(裁定はノーコンテスト)した小川のセコンドに就いていた。初代虎は否定するものの、当時は事前に小川の〝暴走〟を示唆するような発言もしており〝1・4事変〟で重要な役割を果たしたのは間違いない。それもすべては「プロレスを良くするため」だった。

 あくなき情熱を持ち続ける初代虎は、現在も牙を持ち続けている。