2023年11月にスイス・ジュネーブで開かれた「水銀に関する水俣条約 第5回締約国会議」で、2027年末までにすべての蛍光灯の輸出入と生産が終了することが決定している。蛍光灯を使ったデスマッチを強みとする〝日本一過激なプロレス団体〟大日本プロレスはどう対応していくのか、登坂栄児代表(54)を直撃した。

蛍光灯マッチの元祖でもあるグレート小鹿(右=2016年)
蛍光灯マッチの元祖でもあるグレート小鹿(右=2016年)

 大日本で初めて蛍光灯デスマッチが行われたのは、1997年1月2日後楽園大会のグレート小鹿&松永光弘 vs 中牧昭二&山川竜司戦だ。以来30年近く蛍光灯は〝デスマッチの王道〟として利用される凶器となった。大日本では一大会で100~200本を使用し、常に使用済みの蛍光灯を1000本ほどストックしていると、登坂氏は語る。「音、白煙を含めてのビジュアル、そして凶器としての鋭利な部分。類希なるアイテムだと思います」と魅力を熱弁し「LEDでは音が鳴らない」と代替不可能性に言及した。

 しかし、心配はしていない。「なくなっていくものを惜しむんじゃなくて、新しいものを探っていくのが僕ら」と目を輝かせる。蛍光灯に変わる凶器についても「僕らは多分見つけることができると思っている。心配しないでもらいたい」とファンにメッセージを送った。

1・31後楽園大会に用意された蛍光灯は200本を超える
1・31後楽園大会に用意された蛍光灯は200本を超える

 実際に蛍光灯デスマッチがいつまで行われるかについては「2028年ぐらいまでは(蛍光灯が)あるだろうとか、おおむね予想はするけど、実際は測れない」と不透明な状況だ。その上で「ひとつ面白いのは〝ラスト蛍光灯(マッチ)〟じゃない? 実際、地球上での最後の一本かはわからないけど『これが最後の蛍光灯です』って、僕たちで区切りをつける試合がどこかであるかもしれない」と青写真を広げた。

 一方、現在のBJW認定デスマッチヘビー級王者で、蛍光灯デスマッチ第一人者のアブドーラ・小林は「日本最後の蛍光灯は俺が割る」と怪気炎。今後については「蛍光灯(デスマッチ)はもう生活の一部。蛍光灯がOKな国を探して海外進出します」と今後も蛍光灯にこだわる姿勢を見せていた。