【赤ペン!】巨人の3位が確定し、CSファーストステージ本拠地開催権も逃した。山口オーナーが早くから阿部監督続投を明言していたが、残念ながら追い風にはならなかった。
V逸の年に進退を取り沙汰されるのは巨人監督の宿命。長嶋茂雄さんといえども例外ではない。特に第2次監督時代は独特の采配を振るい、ブルペンで誰も準備してないのに投手交代しようとしたり、トイレの個室に座っている選手を代打に送ろうとしたり。そのたびに球団や読売で物議を醸していたものだ。
2000年夏、そんな長嶋監督が珍しく選手に助力を求めた。横浜で3連敗し、3カード連続で負け越した試合後、川相昌弘と村田真一を球場の監督室に呼び、おもむろにこう持ちかけたのだ。「こういう苦しい時こそベテランの力が必要だ。なあ、ふたりでチームを引っ張っていってくれ」
そこで村田が「ほな、みんなでいっぺん、焼き肉でも食おか」と提案。巨人OB岡崎郁氏がオーナーだった水道橋の店で決起集会が行われた。
巨人はその2日後から一気に7連勝し、2位に9.5ゲーム差をつけて首位を独走。そして9月24日、本拠地東京ドームで4年ぶりのリーグ優勝を決める中日戦に臨む。
長嶋監督はそれまで、本拠地で優勝したことがなかった。この日の試合は東京ドーム最終戦で、長嶋監督が白いホーム用ユニホームを着て胴上げされる最初で最後のチャンスだった。しかも1974年の引退以来、26年ぶりに身にまとった背番号3のユニホームで。
ところが、試合は劣勢で9回を迎えて0―4。長嶋監督もベンチで力のない声を上げていた。
「1点取れよお、1点。完封負けはいかんぞお」
その時、川相が長嶋監督の傍らで「5点取れ!」と大声で叫んだのだ。「1点だけで勝てるか! 5点取れっ、5点!」
ここから江藤智の満塁本塁打が飛び出し、4―4の同点。続く二岡智宏が打席に向かうと、長嶋監督はこうつぶやいた。「高めだな。二岡は高めを、ライトからセンター方向に持っていくぞ」
まさに予言的中。二岡は外角高めのスライダーを捉え、右中間スタンドへ運んだ。このサヨナラアーチで、背番号3の胴上げが実現したのだ。
二岡はヘッド兼チーフ打撃コーチとして続投の決まった阿部監督を支えている。川相は二軍野手総合コーチとして若手を育て、イースタン優勝にも貢献した。長嶋さんも今ごろ、天国で目を細めているのではないか。












