元新日本プロレスで米国・AEWで活躍する〝ザ・レスラー〟柴田勝頼(45)が、インタビューで現在の胸中を明かした。「THE OPPS」のサモア・ジョー&パワーハウス・ホブスと世界トリオ王座を保持する柴田は、同じAEWで活躍するオカダ・カズチカ(37)との将来的な再戦にも意欲。古巣・新日本の来年1月4日東京ドームで引退を控える棚橋弘至(48)、今年5月に退団した内藤哲也(43)にもメッセージを送った。

TAKAYAMANIAではKENTA(左)とタッグを組んだ柴田
TAKAYAMANIAではKENTA(左)とタッグを組んだ柴田

 ――「TAKAYAMANIA」(3日、後楽園)ではKENTAとの禁断タッグが実現した

 柴田 久しぶりに日本で試合をするのは、いいものですね。まさかここで再会があると思ってなかったので。もし再会があるならシングルマッチだと思ってたんですけど、高山(善廣)さんからのリクエストでタッグ…。試合はどうしてもああなりますよね。今までのことをなかったことにできないので。それも踏まえて、やってよかったって特別なものがありますね。

 ――続きを期待するファンの声も

 柴田 団体のしがらみとかありますからね。何かできるとしたら、1年後じゃないですか? TAKAYAMANIAというのは治外法権、唯一無二のリングですから。

 ――AEWでは世界トリオ王者として活躍

 柴田 今やってるトリオは、自分にとってすごくやりがいがあるし、プロレスしてるなって気持ちになりますね。目標はとにかくこれを防衛し続けたいです。

 ――オカダやKONOSUKE TAKESHITA(竹下幸之介)といった日本人も多く活躍している

 柴田 今はオカダと竹下(の戦い)が始まりそうな感じなので、俺のターンじゃないかなと。トリオに集中したいですね。

 ――いつかはオカダと戦いたい気持ちは

 柴田 ぜひぜひ。タイミング次第じゃないですか? 急に来るかもしれないし。

 ――2017年4月にオカダとのIWGPヘビー級王座戦後に急性硬膜下血腫と診断された

 柴田 あの日というのは、人生の中でも限界を超えた日だったので。持てる力を全部使った試合でした。あれを超えられるのかと言ったら『超えられないだろ』って思うあの時の自分もいる。でも、あれとは違う今の自分のやり方のプロレスもある。本当にタイミング次第だと思います。

 ――1月の東京ドームでエキシビションマッチを行った棚橋とは、8月に英国マットで共闘した

 柴田 最後に組めて良かったなって。もう(同じリングに上がることは)ない気がします。ケガなく最後まで駆け抜けてほしいです。もう1回(シングル戦を)やりたい、気持ち的には「Forbidden Door」(8月、英国)とかがタイミングかなと思っていたけど、また違ったものだったので。

今年の1・5東京ドームで棚橋弘至(左)と対峙した柴田勝頼
今年の1・5東京ドームで棚橋弘至(左)と対峙した柴田勝頼

 ――棚橋の引退試合はどう予想する

 柴田 ウルフ・アロンが一番良い気がします。(ウルフの)デビュー戦が棚橋君の引退試合っていうのが面白そうかなって。もし俺にオファーがあって、やれるんだったらやりたいですよ。ただ、俺も出禁みたいなものだから難しいんじゃないですか(笑い)。

 ――後藤洋央紀の活躍にも刺激を受けている

 柴田 すごいですよ…(映画ストリートファイターの)エドモンド本田ですよ? 今年の後藤の勢いは本当に凄い。IWGPの次はハリウッドですから。負けてられないですね。

 ――後藤がベルトを失い2人のIWGP世界王座戦は実現しなかった

 柴田 残念でしたけど、自分たちの持っているイメージと、団体の流れとか外から求められているものは違ったりもするので。そこにどう臨機応変にできるかが、ある意味で米国での生きていくために重要な部分になると思います。

 ――5月に新日本を退団した内藤はどう見る

 柴田 俺も以前、新日本を辞めた時は八方ふさがりだったんですよ。飛び出した時って、そういうことってよくあるので。でも、頑張ってほしいです。迷わず行けよ、行けば分かるさ。それしかないですよ。今の新日本プロレスと、それぞれが持っている新日本プロレスというものの、ズレってありますからね。飛び出すことが新日本かもしれないし、そこにいるのが新日本かもしれないし。人それぞれ。長い人生を通してみたら、良い経験じゃないかなと。

 ――最後に日本のファンにメッセージを

 柴田 AEWでの試合とか、まだなじみが薄い部分があると思うんですけど、TAKAYAMANIAで受けた声援は本当にエネルギーになりました。日本で試合する機会は少ないですけど、毎回全試合、全力で頑張りたいと思います。以上!

 ☆しばた・かつより 1979年11月17日生まれ。三重県桑名市出身。98年に新日本プロレスへ入門し、99年10月後楽園大会の井上亘戦でデビュー。2005年1月の退団後は総合格闘技でも活躍し、12年8月に新日本マットに戻る。17年4月両国大会の試合後に急性硬膜下血腫と診断され長期欠場となるが、22年1月東京ドーム大会で復帰。23年12月に新日本との契約を終え、米国のメジャー団体AEWに入団した。183センチ、95キロ。