【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「琴線に触れたっていうのかな。初めてキーボードを触った瞬間から不思議としっくりきたんだ」

 2020年のパンデミックで野球をできなくなって1か月がたった頃、暇を持て余したジェイコブ・バードは、両親の家の物置で古いキーボードと運命的な出会いを果たした。のちに「正直、楽器も触ったことがなければ音楽性もリズム感もゼロだった」という彼の野球に対するアプローチまでも変えてしまうことになる。

「基本的には独学で。最初に挑戦したのは映画『グラン・トリノ』のテーマ曲で、結構いい感じだったからもっとやってみたいなって。ユーチューブに無料のレッスンシリーズがあったから、それを毎日1つずつ進めていったんだ。だんだん難しくなって、1つのレッスンに数日かけるようになったけど、練習した分、弾ける、前進する感じがとても楽しかった」

 夜寝る前に毎日1時間。「音楽っていろんな気持ちを表現できるでしょ?」。ジェイクは、ピアノ以外の趣味が読書とあって思慮深く説明もうまいが、自他ともに認める「寡黙タイプ」だ。

「ピアノを弾く人たちをすごいなって思っていたけど、弾けるようになるほど、自分の気持ちを指が表現してくれるようになるっていうのかな。それができた日は最高」。気づけば3~4時間たっていたことも何度もあった。

 当時、マイナーリーガーだったジェイコブの20年シーズンは再開されず、翌21年にキャンプインできたのも4月。その時点で初中級レベルとなっていたが、キーボードを実家に置いて野球一色の生活に戻っていた。

「両親がニューメキシコ州アルバカーキまで会いに来てくれた時に、キーボードを持ってきてくれたんだ。僕が弾きたいだろうからって。でもシーズン再開で3~4か月離れていたら何一つ覚えていなくて。20~30分頑張っても弾けないので、すごくイライラして。あまりに腹が立ったから思考回路を停止したんだ」

 しかし、これが思わぬ発想を生んだ。「人間って不思議だよね。無理に弾くのをやめた途端、去年弾けていた曲が自然に出てきた。自分ができるってすごく自信を持っていることでも、無理にやろうとしたらできないことがある。コントロールすることをやめ、フィーリングを大切にしなきゃなって。野球にも通ずるなって思ったんだ」。

 22年にメジャーデビューを果たし、野球場と自分を切り離す手段としてキーボードはなくてはならない存在になったはずだったが…。

「実は今は持ち歩いてないんだ。去年、調子が悪く、マイナーとメジャーを行ったり来たり。もうすぐ30歳だし、自分の人生を何とかしなきゃと、昨オフは野球に全てを注ぐと決意したんだ。今季もどうなるか分からなかったから、荷物になるのが怖くて置いてきた」

 とても繊細で、不器用な人なのかもしれない。そう思いながら話を聞いていて「もったいない!」という表情を向けると、彼はすでに何かを悟っていた。

「そうだね。今は10分でも鍵盤に触れておけばよかったなって後悔してる。野球以外では本当に一番好きなことだから。トラベル用の鍵盤、探してみようかな」

 これを話していたのが4月。もしかしたらオールスターに選ばれるかもしれないとの期待は外れてしまったが、マイナーどころではない活躍で、今やトレード有望株だ。移籍の際には、きっとキーボードを持っていくはず!?