【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】メジャー通信のモットーは、野球以外のアングルから選手の人となりを知ってもらうことで、15年以上書き続けている。中には「自分の人生は本当に野球漬け」と答える選手がいる。
エリオト・ラモスもその一人。「寝ている8~9時間と、朝ご飯を食べている以外は野球のことを考えているんじゃないかな」。腹の底からの響くような美声もあってか、実際の年齢よりもどこか大人びている。「たまにビデオゲームもするけど、何のゲームだと思う? ベースボール」と自分の答えに笑った。
「子供の頃、やんちゃをして怒られたことはある?」と聞くと、少し意味深な表情を浮かべたエリオトは「9~10歳くらいだったかな。三振すると、いつも泣いていたんだ。それで怒られたことはなかったけど、決してカッコよくもなかったし、周りに人がいるのにそんなふうにカンシャクを起こし、泣いている自分を見せるのが本当に嫌だった」と話してくれた。
根が真面目でトラブルとは無縁。いつもとにかく一生懸命野球をやっていて、打てないと「自分に怒っていた」のだ。
「まだ子供だったのにやたら自分に厳しくてさ。今なら、経験を積めばいずれ大丈夫になるって分かるんだけど、当時はそんなふうに怒って泣いている自分にも腹が立ってツラかった。11歳の時に『もう泣かない』という目標を立てたくらい。母が辛抱強く僕と向き合ってくれ、自分に目標を課したことで感情をコントロールできるようになったけど、今でも打てないと自分に腹を立てたりするよ」
ちょうどその頃、両親はエリオトの2番目の兄・ヘンリーの助言でエリオトを地元マウナボからクワイナボという大きな都市の野球チームに移す決断をした。米国の一部であるプエルトリコはドラフト指名を受けてプロ入りできる。しかし、小さな町ではスカウトに見てもらえる機会が少ないと、後にダイヤモンドバックスでデビューするヘンリーが身をもって実感したためだ。
「父がもっと大きなところへ行って、もっと自分にチャレンジしなきゃダメだって。もっと才能ある選手が多くて、自分が一番年下だったから、常に力を証明しなきゃいけなかった」。気づけば、泣く暇もないくらい必死に野球をやっていた。
「みんな怒るし、イライラだってする。でも『野球を楽しんで』『子供でいる時間を大切にして』って言いたいな。子供でいる時間は一瞬で過ぎちゃうから」
もし、自分と同じように感情を抑えられない10歳の少年がいたら、そんなふうに伝えたいという。「たぶんその子には、伝わらないかもしれない。自分がそうだったから。それでも毎日を楽しみ、いい人生を送って、両親を大事にしてほしいって言うかな」。そんなエリオトがメジャーに来て一度だけ流した涙がある。
「オールスターに選ばれた時。うれしさでいっぱいだった。高校時代のコーチたちからもたくさんメッセージが届いて、昔の記憶が一気によみがえった。父と母が僕が野球をできるように、いろんな努力をしてくれたことなどを思い出して、胸がいっぱいになった」
今年もチームの要として大活躍するエリオト。果たして2度目の涙を流すことになるだろうか。
☆エリオト・ラモス 1999年9月7日生まれ、プエルトリコ出身。2017年のMLBドラフト1巡目(全体19位)でジャイアンツに指名されて入団。走攻守がそろった「5ツールプレーヤー」の外野手として将来を嘱望され、22年4月にメジャーデビュー。24年9月15日には00年に開場したオラクル・パークで、右打者として史上初めて右翼席後方のマッコビー湾に本塁打を直接放り込む「スプラッシュヒット」を達成した。180センチ、104キロ。













