やはりスーパースターは器が違う。巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄さんが3日に亡くなり、悲しみが広がっている。東京スポーツでも歴代担当記者がミスターにお世話になってきたが、時には想像すらしないアクシデントになってしまったことも…。今でも背筋が凍り付く“不意打ちスピアー事件”の全貌を一挙公開――。
正確な日時はともかく、あのシーンは今も脳裏に深く焼き付いている。私が九州から転勤となり、巨人担当になったばかりの2001年。シーズン開幕直後の4月だったと記憶している。
場所は東京ドーム。その日は公式戦のナイターが組まれており、昼前に到着した記者室でコンビニ弁当をのんびりと食べていた。すると数分後に「鬼キャップ」と恐れられていた先輩の巨人担当・Hさんから「テメエ、取材もしないで弁当なんか食って何様のつもりだ! 選手が続々と到着しているんだからさっさと行ってこい!」とすさまじいカミナリを落とされ、私は平謝りしながら関係者専用の駐車場に急行。今なら十分にパワハラ問題になる行為も、この頃は日常的だった。
それはさておき、半ベソになりながら全力疾走で記者室そばの階段を駆け上がった私は、クランク気味の踊り場を折り返したところで、ある人と正面衝突してしまった。
ゴツン! ものすごい衝撃音がした。しかもその人は私にタックルされるような形になり、プロレス技で言えば「スピアー」で吹っ飛ばされてしまっていた。階段に腰を強打しながらもよろよろっと立ち上がった“被害者”の顔をよく見ると…。何と当時の巨人監督・長嶋茂雄さんであった。
「や、やばい…」
一瞬でそう思いながら顔面蒼白になっていた時に、長嶋さんは「イテテテ…」と口走りつつも「あ、あ、あらあらら…。だ、大丈夫? き、き、気をつけて、き、き、気をつけてね…」。私の方が悪いはずなのに怒ることもなく逆に気を使いながら笑顔で、その場からロッカールームへと向かって行った。
時間にしてわずか十数秒の出来事だったが、この時ばかりは心臓が止まりかけそうなほど動揺した。国民的英雄の長嶋さんに致命傷を負わせてしまったら、どうしよう――。言うまでもなく、その日のナイターは気が気ではなかった。中継局のテレビカメラに映し出された試合中の長嶋監督が、つい数時間前に私から“不意打ちスピアー”を食らった腰と胸をベンチで何度かさすっていたことも「大丈夫かな」と不安をかき立てた。
だいぶ日にちが経過してから、長嶋さんの元専属広報・小俣進さんに確認したところ「そんなヤワなわけないだろ。全然大丈夫だよ」と一笑に付された。長嶋さんが試合中に腰と胸をさすっていたのは「ぶつかったせいじゃないよ。たまたま疲れがたまっていただけだよ」とのことだった。それはそれで胸をなで下ろしたが「それよりも、よく前を見て行動しろ。何かあってからでは一大事だぞ」と念を押された。全くもって、その通りだった。
長嶋さんは、この年の01年限りで巨人の監督を勇退。同年の宮崎春季キャンプの際にチーム宿舎の裏口で先輩記者に連れられ、初めて名刺を差し出してごあいさつすると、満面の笑みで「お~九州から(来たんだ)ね。ブーちゃん(当時の私の上司で長嶋さんとじっこんの関係だったNさんのニックネーム)の(弟子)、ブーちゃんの(弟子)ね。頑張ってね、頑張ってね」と“金言”をもらったことを覚えている。
私のような初対面の人間にも、そして予期せぬ“アクシデント”にも常に笑顔を絶やさなかったスーパースター・長嶋さん。改めて、ご冥福をお祈りいたします。
(01~09年巨人担当・三島俊夫)













