体操女子の宮田笙子(20=順大)は、周囲への感謝を胸に新たな道を踏み出している。エースとして挑むはずだった2024年パリ五輪は、直前の内部通報により飲酒、喫煙が発覚して出場を辞退。一部から心ない言葉を浴び、体操界から離れる考えも頭をよぎったが、自身の過ちを猛省して再出発した。そんな宮田がNHK杯(16日開幕、東京体育館)を前に、単独インタビューで胸中を告白。28年ロサンゼルス五輪を見据える上で、葛藤を抱えながらも走り続ける理由とは――。(インタビュー・中西崇太)

記者の質問に答える宮田(左)
記者の質問に答える宮田(左)

 ――今の心と体のコンディションは

 宮田 体は結構悪かった時期が何年も続いていたので、それと比べれば練習はできています。ただ、前よりも心が無理している部分もあると思っていて、体操に向き合いたいけど、向き合いすぎて悩むのも怖いなと思っています。自分でもどう考えるのが正解かはっきりわからないけど、今は試合も控えているので「ただひたすら頑張る」という感じです。

 ――体操への向き合い方は模索中か

 宮田 正直、体操から離れる選択肢も去年の自分にはありました。でも、ケガとかではなかったので、自分の気持ち次第でできるのではと思うところもあったし、しばらく体操から離れている期間を過ごすと、やっぱり体操がやりたくなったので「結局は体操が好きなんだな」と改めて実感しました。ただ、どのタイミングでどこを目指すかは今後しっかり考えていきながら、やっていけたらいいなと思っています。

 ――迷いがありながらも、体操を続けることができている理由は

 宮田 応援してくれている方々の力が大きいなと感じています。やっぱり応援してくれている人は何があってもそばにいてくれたし、私を好きで応援してくれている人の声がたくさん届いたことが、本当に励みになりました。今は以前よりも応援してくれる人も多いなと感じています。

 ――宮田笙子という1人の人間として応援してくれている

 宮田 純粋に演技を楽しみにしてくれているというか、競技の順位というよりも、私の演技を見たいと思って来てもらえることがすごくうれしく、励みになります。そのような方々がいることが幸せというか、体操をやっていて幸せだなと思う瞬間ですね。

順天堂大学の練習場でポーズをとる宮田
順天堂大学の練習場でポーズをとる宮田

 ――4月の全日本個人総合選手権は7位。NHK杯の位置づけは

 宮田 今年は出場できる試合には出ようとは思っているが、明確な目標は特に決めていないです。もちろん日本代表に戻りたい気持ちもあるし、また世界で戦えるように仕上げていきたいとは思っているけど、今の私がずっと頑張り続けるのは、心の面でも体の面でもキツいのが正直なところです。ロス五輪を目指すという思いがやっぱりあるので、そこに合わせながらプランを考えつつ、今年は土台をつくって、来年、再来年、その先に向けてより進化していけたらと思っています。

 ――日本協会の村上茉愛女子強化本部長など、多くの関係者が再起に期待を寄せている

 宮田 周りから日本に必要な存在と言ってもらえるのは大変光栄でうれしいし、特にそのことが変な重みにもなっていないです。私自身も日本代表に戻りたい思いがあるし、その上で重要な役割をしっかり果たせる存在でいたいと思っています。やっぱりロス五輪の切符が懸かってきた時に、代表に必要な存在と思ってもらえるように仕上げていきたいですね。本当に周りの言葉はありがたいし、まだ体操をやりたいなという気持ちにもさせてくれました。

 ――最後にどんな体操選手になりたいか

 宮田 騒動があった前からいろんな立場にいたからこそ、いろんな人の気持ちがわかると思っています。私自身は相談を聞く側のタイプなので、悩みを抱えている人に寄り添ってあげられる人間でありたいと思っています。「選手として今でも憧れです」と言われるとやっぱりうれしいし、過去の過ちを猛省した中で、人間性においても尊敬される選手、存在に日々成長していきたいというのが一番ですね。

 ☆みやた・しょうこ 2004年9月21日生まれ。京都府出身。兄の影響もあり4歳で体操を始める。田野辺満監督の指導のもと、福井・鯖江高時代に才能が開花。2、3年時に全国高校総体(インターハイ)の個人総合で連覇を達成した。シニアの舞台でも、全日本個人総合選手権は24年に初優勝し、NHK杯は22年大会から3連覇中。国際大会では22年世界選手権は平均台で銅メダルを獲得し、個人総合では8位入賞を果たした。得意種目は跳馬、床運動。151センチ。