故アントニオ猪木さんの代名詞だった「燃える闘魂」の名付け親で、元テレビ朝日アナウンサーの舟橋慶一氏(87)が主宰する「伝承の会」が27日、都内で開催された。

 1976年6月26日に日本武道館で行われた「格闘技世界一決定戦」、猪木―モハメド・アリ戦の実況アナとして知られる。この日はお笑い芸人の玉袋筋太郎、力道山夫人の田中敬子さん、猪木さんの実弟で猪木元気工場(IGF)社長の猪木啓介氏らがゲストとして参加。昭和の猪木さんにまつわる秘話の数々が明かされたが、中でも注目は特別ゲストで登場した〝アリのボディーガード〟だ。

 猪木戦で来日したアリの身辺警護を12日間務めた小川眞澄氏が、当時のエピソードを披露。東京・新宿の京王プラザホテルに宿泊したボクシング世界ヘビー級王者は「周りの人たちがにぎやかだった。オーデコロンをめちゃめちゃつけていた。葉巻の匂いもするので、香りでアリさんが部屋に帰ってきたのがわかった」という。

 当時の報道によると、決戦3日前の調印式では猪木が腕のギプスをプレゼントして挑発した。怒ったアリは猪木の背後から襲い掛かろうとしたが、「私が舞台に上がって、背後からアリさんのおなかをガバッと引き抜いた。僕は力がありましたから。アリさんの筋肉は柔らかかった。いい筋肉は力を入れるとカチカチになる」と、何と猪木vsアリの〝世紀の乱闘〟を止めたという。

 その後、夜のロードワークを終えたアリと、ホテルのエレベーター内で2人だけになった。アリから「空手ができるか」と問われた。小川氏は「ノー」と言わず「ア・リトル(ちょっと)」と答えると、「カモン!」と言われたという。

 仕方なく手をかざしたところ「速い、速い。あんな大きな手なのに。あれで小突かれたら、最後だなと思いました」というが、アリのパンチが当たってしまい、壁まで1メートルあまり吹っ飛ばされ、エレベーターのブザーが鳴り響いた。「そこはガードマンですから〝異常なし〟と」と報告したが、〝ハチのように刺す〟と言われたパンチのすさまじい威力を体感したという。

 紛糾した試合ルールの話し合いが行われた部屋の外でも、警棒を携えて警護した。「寸前まで、責任者の方が『試合にならない』と真っ青な顔をして困っていました」と〝現場〟の緊迫した雰囲気も紹介していた。

 2026年は猪木―アリ戦からちょうど50年。「伝承の会」では引き続き、プロレス史に残る貴重な証言を伝えていくという。