四半世紀以上、泣く子も黙る女子プロレス最強の座に君臨し続けるのが「アジャ様」こと怪物アジャ・コングだ。
クラッシュギャルズに憧れて中学卒業後、全日本女子プロレスに入門。1986年9月17日、秋田の豊田記代戦でデビュー。若手時代はブル中野率いる「獄門党」の一員として活躍。90年代に入るとブルに反旗を翻し、バイソン木村とジャングル・ジャックを結成。たった2人で全女全体を敵に回す度胸ある行動に出た。
この時期のブルとの試合はいずれも名勝負となった。90年9月大宮では金網マッチを行い、ブルが勝利。同年11月横浜の再戦は、ブルが拝みながら金網最上段からギロチンドロップを敢行。死線スレスレの激闘は伝説となった。そして92年11月川崎ではアジャがブルからWWWA世界シングル王座を奪取し、ついに師匠超えを果たした。
この日、相棒の木村が引退すると、対抗戦時代をリードする存在となっていく。90年3月にユニバーサルが旗揚げすると男子の大会に積極的に参戦。女子プロの価値を引き上げた。この時「初めて怪物になったと実感した」とアジャは後述している。
対抗戦時代にはWWWA王座を巡ってJWPのダイナマイト関西、FMWの工藤めぐみらと激闘を展開。94年11月東京ドームで行われた日本選手権トーナメントでは決勝戦まで進むも、メインで北斗晶に惜敗した。95年にはWWF(現WWE)に参戦。「サバイバー・シリーズ」にも出場して全米でも名を上げた。
97年に退団するとアルシオン旗揚げを経て、フリーとして必殺の裏拳と一斗缶を武器にガイアなどで大暴れした。2000年代に入っても勢いは衰えず、ハッスル、OZアカデミー、DDT、WAVE、仙女などに参戦。恐怖の的であり続けた。爆破マッチにも進出して昨年7月には、第8代爆女王となった。
手にした主要団体のシングルトップ王座は実に6団体にも及ぶ。今でも各団体で暴れ続け、芸能活動でも人気を集めている。アジャ様は永遠に怪物として女子マット界に君臨しそうだ。













