米WWEは26日(日本時間27日)、〝タッグ屋〟として鳴らした名レスラーのオレイ・アンダーソンさんが死去したと発表した。81歳だった。

 ミネソタ州ミネアポリス出身で、同じミネソタ州に地盤のあった〝АWАの帝王〟ことWWE殿堂者のバーン・ガニアに師事。1967年にデビューすると、主にタッグマッチで活躍して、ジン・アンダーソンとの悪党コンビはNWA世界タッグ王座の常連だった。

 1982年2月には、ジョージア州アトランタで行われた2万5000ドル(当時約575万円)争奪世界タッグ王座決定トーナメントに、〝不沈艦〟スタン・ハンセンのパートナーで参戦。準決勝でジャンボ鶴田&天龍源一郎の鶴龍コンビ、決勝でブリスコ兄弟(ジェリー&ジャック)と強敵を連破して優勝を飾った。
 
 85年にはNWАでリック・フレアー、アーン・アンダーソン、タリー・ブランチャードと伝説のユニット「フォー・フォースメン」を結成。アーンとの名コンビ「ミネソタ・レッキング・クルー」でも名をはせた。希代のタッグプレーヤーは、90年代になるとリングを去り、WCWでは裏方として活躍した。

 かつての盟友の死に〝狂乱の貴公子〟フレアーは自身のX(旧ツイッター)で、オレイさんがNWА参戦のきっかけを与えてくれたとした上で「私はあなたに、永遠に感謝している。われわれはいつも意見が一致していたわけではないが、あなたとジン(アンダーソン)が私をスタートさせた。安らかに眠れ、友よ!」と追悼した。米АEWもXで「伝説のオレイ・アンダーソンの死を悼む。われわれの思いは彼の家族、友人、ファンとともにある」と、名タッグレスラーに哀悼の意をささげた。