“邪道”大仁田厚は新潟プロレス12日新潟市・万代島大会で、史上最年長現役レスラーの“極道”ことグレート小鹿に電流爆破マッチを要求。一方的に試合形式を「グレート小鹿奪還大作戦 有刺鉄線バリケードマットメガトン電流爆破デスマッチ」と発表した。

逃げ場のない金網の中で貴族を攻める小鹿
逃げ場のない金網の中で貴族を攻める小鹿

 大仁田は81歳の小鹿の体調を気遣い「要は小鹿さんを奪い合うんですよ。小鹿さんは新潟プロレスの精神的支柱。新潟プロレスには育ち盛りの良い選手がいるから、そいつらが頑張れば小鹿さんは爆破されないで済む」と無責任に語っているが、小鹿がどんな形で試合に絡むのかに注目が集まっている。

 実は小鹿は50年以上前にデスマッチで大仕事をやってのけている。1969年12月19日、米ロサンゼルスであの“仮面貴族”ミル・マスカラスと金網デスマッチを行い、極悪ファイトの末、3カウントを奪い、マスカラスからNWA認定USヘビー級王座を奪取したのだ。小鹿は当時ロスでスーパースターだったマスカラスと壮絶な抗争を展開中で、一大ヒールとしてロス中の憎悪を一身に集めていた。

 両者は同年10月24日にオリンピック・オーデトリアムで王座戦を行うも小鹿の反則負け。この日の金網デスマッチが完全決着戦となった。3本勝負で1本目はアトミックドロップの3連打で仮面貴族が先制(5分33秒)し、2本目は軸足を取ってのバックドロップ一撃で小鹿がタイに(3分34秒)。そして決勝ラウンドは大乱戦となる。

『気を取り直したマスカラスはドロップキックとアトミックドロップの連打で反撃。それでも小鹿は馬乗りになってパンチの嵐。逃れたマスカラスは一瞬、金網に飛んで体当たり。その時、小鹿のマネジャーで謎の東洋系レスラー、トーキョー・トムが金網のスキから腕を差し込んで足をひねる。マスカラスはもんどりうってリング中央へ。小鹿はチャンスとばかりボディースラム一閃。ガッチリとフォールを奪って3カウントを奪った(10分24秒)。新チャンピオン誕生である。狂喜する小鹿にマスカラスは「汚いぞ」と抗議したが、はっきりと2フォールを奪われてはどうしようもなかった』(抜粋)

 小鹿は殊勲の大勝利でカリフォルニアTV王座、NWA認定USタッグ王座(パートナーはドン・カーソン)、そしてUS王座を合わせ何とロス地区3冠王に輝いた。極道にとって人生最高の瞬間だった。

 しかしヒスパニック系の多いロス地区では憎悪の対象となり「オイラが留守の時、自宅にナイフを持った男たちが襲ってくるんだ。女房や子供たちは震えて泣きながらバスルームに隠れていた。リトル・トーキョーの日本料理店でも抗争が激化すると『私たちの命も危険にさらされる。もう来ないでくれ』と追い返された。悲しかったけど、これで誰もが認める全米のヒールになったんだなと自信がついたよ」と小鹿は胸を張った。

 結局、翌年1月に王座を失うものの、マスカラスとの抗争は一気に小鹿の名を上げ、全日本プロレス旗揚げ後の73年には謎の極悪中国人カン・フー・リーとしてロス地区やダラス地区で極悪ファイトを展開。ファンの憎悪を集めた。米国でナイフや拳銃も突きつけられながらヒールとしての悪行を貫いた極道には、電流爆破など怖くないに違いない。  (敬称略)