ノア9日の新宿フェイス大会で全身包帯姿のグレート・マミーなる怪奇覆面男が登場。全身から白い粉をまき散らしながら拳王と対戦し、最後はP.F.Sで撃沈された。正体は小島聡だった。これが令和初のミイラ男降臨となる、ある意味歴史的な試合だった。

ザ・マミーの全身姿
ザ・マミーの全身姿

 本家のザ・マミーは昭和を代表する怪奇派レスラーとして大人気を呼んだ。第6回ワールドリーグ戦に参加するため、1964年4月2日に初来日を果たした。本紙は1面で「ミイラ男ら東京集結」の見出しで参加選手の来日を大々的に1面で報じ、何とマミーの独占インタビューに成功している。

『やっと日本についた。エアポートでものすごいカメラのフラッシュを浴びたとたん、おれの胸にわきかけていた旅愁というか、いささか人間味のある感情は吹き飛んだ。包帯に包まれたおれの体が急に引き締まるのが感じられた。そして思い出すだけでも憎い大木の顔を見たとたん、おれは言いようのない感情の高ぶりを覚えて、思わずそばにいたミスター・モトを突き飛ばした。「みんな殺してやる」。その時おれは間違いなくそう腹を決めた。モトを通じて日本のプロレス界の様子は大体知っている。大木や馬場よりもっと強い男がいるということも聞いた。だが、それがどうだというのだ。おれにとってはさほど大した問題ではない。おれの正体が暴けるなら暴いてみろ。おれより強いのはおれの体に包帯を巻いた男、1人だけだ。その男以外に俺を殺すことはできない。いいか、日本のレスラーは皆殺しだぞ』

 読んだだけで体の震えが止まらない「殺人予告」だ。情報がほとんどない時代、奇々怪々に満ちた姿と言動、全身から白い煙をまきながら戦う姿は日本全国のプロレスファンを恐怖のどん底に叩き込んだ。日本中のどこへ行っても大歓声を浴びる人気ぶり。同リーグの目玉となった。

 本紙もノリノリで「近くテキサス州立大学の人類学教授がマミーの正体について結果を発表する」「実は南米で脱獄した死刑囚が時効になるのを待ち渡米した」「心霊術でよみがえったインカのミイラが正体」などの怪情報を連日報道した。

 ところがである。肝心の実力のほうはサッパリで、おどろおどろしくリングに上がるまではいいものの、技らしい技はスリーパーホールドやクロー攻撃ぐらいしかない。

「大木も馬場も殺す」と豪語していたものの、リーグ戦では5戦全敗。公式戦も馬場には16文キックで一蹴され、大木には原爆頭突きで沈められてしまった。豊登、吉村道明らにも歯が立たなかった。

 それでも地方での人気は抜群で、リーグ戦が終了した後も5月シリーズまで残留。残念ながらこれが最初で最後の来日となった。しかし当時のファンに与えたインパクトはあまりに絶大で、その後も伝説として語られるレスラーとなった。

 ある意味、プロレス史上でも一、二を争う「発明」でもあった。日本マット界でもその後、90年代に国際プロレスプロモーションでザ・マミー(当然、中身は日本人)、2000年代にはメカマミー(もちろん正体は日本人)なるオマージュ的レスラーが登場。いずれもうさんくささが何ともいえない味を出していた。

 そして今回のグレート・マミー降臨。昭和、平成、令和と初登場以降、全時代でマミーがよみがえったことになる。おそらく今後も機を見て新たなマミーが登場するに違いない。昭和に残されたミイラの呪いと怨念は、あらゆる時代を通じて日本プロレス界にさまよい続けるのだろう。ああ、恐ろしい…。(敬称略)