【森脇浩司 出逢いに感謝(16)】僕は2016年オフに中日のコーチに就任し、11月の秋季練習でナゴヤ球場に行った時、GMをやられていた落合博満さんにあいさつに行ったんです。部屋を訪ね、久しぶりに1時間ほど野球の話をしました。「森を助けてやってくれよ」と…。これから戦っていくうえで落合さんの考え方が聞きたかったし、勉強になると思った。野村克也さんがいろんなところで「野球の話ができるのは落合と森脇だけだ」と言ってくれたこともありました。

 落合監督と森繁和ヘッドコーチのタッグは知っていたし、振り返るとそういうのもあって僕へのオファーだったのかなと思いました。年が明けた17年の1月に落合さんはGMを退任されましたが、森さんに落合さんの考え方が生きている。外国人補強を得意分野にしながらも、目の前の選手をまず鍛える。お互いに強くなるんだ、というスタンスが落合イズムと思います。シーズン中も電話で「森を助けてやってくれ」「野手の練習足りてるか」と言われたことがありました。改めて2人の絆、落合さんのドラゴンズ愛を感じますよね。

 森監督は…仕事人です。プロフェッショナル。見た目はこわもての風貌ですが、多才で実はすごく冗談も言うし、ストレートな物言いもある。あとで振り返ったらこういうことだったのか、という言い方もある。こわもてでも歩みよれば誰にでも必ず心を開いてくれる。見た目の印象で決めつけるのはプラスにならないと改めて思いますね。いわゆる関東の「べらんめえ口調」で、野手には「お前、なにやってんだバカヤロ~」「頼むぞコラ~」みたいな。投手にはもっと強く叱っていたでしょう。でも感情的になることはなく、いい意味で計算のもとでやってたかもしれません。

 1年目の8月13日のヤクルト戦(ナゴヤドーム)では娘さんに不幸があり、内野守備走塁コーチの僕が監督代行をしたことがありました。ホークス時代の06年7月に王貞治監督の代行、オリックス時代の12年9月から岡田彰布監督の代行と3度目の経験でしたが、今回は心痛める出来事でした。

 試合前に集まって監督から「こういうことだから途中からいなくなるから」という話があり、3回から僕が引き継いで指揮を執りました。何とかその試合に勝利。本当なら何試合か休んでもおかしくないし、その日の朝にうちに帰るとか、練習後に戻るとかもできる。事が事だし、こんな時くらいは、というのはみんなの気持ちだったと思います。なのに監督が次の試合には戻ってきた。自分が率いた以上は1試合も留守にしないぞと…。本当に仕事人ですよ。

 いろんな仕事への向き合い方があり、正解とか間違いはないんだけど、森さんらしい。トータル的に見て自分がここでどういう行動を取るのが適切なのか、というところから出した答えがこれだったと思います。