【森脇浩司 出逢いに感謝(15)】オリックスSAとしての契約が終わる2016年の10月、登録のない番号から電話がかかってきた。留守電を聞くと「ドラゴンズの森だけど、また連絡します」と入っていました。森繁和さんはもちろん西武時代から知っているし、コーチもやられていた人。でもほぼ接点がなかったんです。「なんで僕に電話がかかってくるのかな。オファーかな」とは思いました。年齢は僕より6つ上だけど、同期入団。共通の恩師が根本陸夫さんというのもありました。
連絡を入れると森さんも口数が多い人ではなくて「来年から監督をやることになった。俺のそばにおってくれ」と…。お金がどうこうは僕にとって大きな問題ではないし、そのひと言が響いたんですね。後日、返事をさせていただきました。
接点も人間性も分からないですが、非常に精度の高い仕事をする人という印象はありました。球界に長いこといると、どんな人なのかは耳に入ってきます。それが正しいこととは思わず、まっさらな目で接するのが僕のスタイル。投手出身の森さんが野手出身の僕に「俺のそばにおってくれ」ということは「野手のことは任したぞ」ということだと…。森さんの性格がどうだから引き受けたとかではなく、森さんという監督を日本一にすることができるか、選手を鍛え上げてパフォーマンスを出させることができるかを考えました。
森さんは思った通り信頼できるし、男気があって面倒見もいい。人を見る眼力もあり、中南米にパイプがあっていい選手を連れて来られている。僕がホークスのコーチ時代の09年オフ、カリビアンリーグにホークスの選手を派遣できるようルートを作りに向こうに行ったことがあったんです。その時にパイプを持っている森さんにコンタクトを取ったこともありました。それが筋だと思ったんでね。
中日は5年連続Bクラスで、森さんは前年のシーズン途中から代行を務めていた。オリックスを引き受けた時と同じような思いがありました。ホークスは長きにわたって常勝チームにあって他球団から目標にされていますが、そのホークスだって南海の時代から長い長い低迷があった。王貞治監督が卵をぶつけられたこともあった。ローマは一日にしてならずで、つらい経験を味わってそれを糧にして強くなっていった。他球団をはねのけてトップを取っていった。
僕は両方経験している。強いチームに入るプレッシャーは重々承知しているし、どちらも大変だけど、やはり低迷期から上っていくのはとんでもないエネルギーがいることですよ。選手の成長イコール変化。世間にはまだ伝わらなくても1人の選手が階段を上っていく変化を見るのは、やりがいを感じるし、楽しみですよね。
ただプロ野球はアマチュアじゃない。結果がすべてというシビアさは持たなきゃいけない…。












