阪神・大山悠輔内野手(28)は、プロ7年目にして初めて浴びる美酒をひかえめな笑顔で少しだけ味わった。
「本当に良かったです。うれしいです。ここ9月に入ってからチームメートに助けられてばかりだったので。初回のチャンスも潰してしまいましたが、犠牲フライで1点取ることができたので」。優勝を決めた14日、貴重な先制犠飛を放った虎の4番は、しみじみと喜びをかみしめた。
「いろんなことを経験しましたし、きょうこうやって優勝することができてうれしい。ドラフトから始まり最下位も経験したので。いろいろな先輩方の支えがあってここまでこられたので。いろいろな方に感謝しています」。声を詰まらせ、あふれ出る思いを止めることはできなかった。
ファン待望の生え抜き長距離砲候補として2016年にドラフト1位入団して以降、人気老舗球団の4番打者としての宿命を全身で背負い続けた。15年ぶりに監督復帰した岡田監督も就任早々に「今のチームで4番を任せられるのは大山しかいない」と明言。開幕から優勝の瞬間まで、その言葉通りに起用し続けた。
たとえ凡打でも愚直なまでに全力で一塁を駆け抜ける大山の姿勢は、佐藤輝をはじめ多くのチームメートからリスペクトを集めている。「あれはね、学生の頃からそうなんですよ。どんな時でもふてくされたそぶりを見せない。何でも全力でやってしまうんですよ」と語るのは母校・白鴎大野球部前監督の藤倉多祐氏(66)。
「全く縁もゆかりもない関西の人気球団に入団することになり、本当に苦労したと思います。私も経験ありますから。ですが、あの環境の中で年々確実に力をつけていってくれたと思います。それは本当に素晴らしいこと」と教え子の進歩に目を細める。
藤倉氏は青学大を経て、1979年に阪神にドラフト外で入団。同1位入団の岡田監督とは同学年の同期に当たる。ロッテに移籍した後、1988年限りで現役を引退するとコーチ、スカウトとして長くプロ野球界に身を置いた。「岡田監督とは『オカ』『フジ』と呼び合うような間柄でしたよ。現役時代も、私がロッテのコーチだった時もよく一緒に食事に行きました。大山が岡田監督の信頼を勝ち得た理由はよく理解できます。彼は指導者の教えや考えをよく聞き、それを実行できる素直さがある。大山の四球数、今季はすごく増えたでしょ。岡田さんの哲学を忠実に体現しているんでしょうね」
藤倉氏が阪神入団時に与えられた背番号は大山と同じ「3」。教え子に次に望むのは、もちろん1985年以来となる球団史上2度目の日本一だ。「でもね。あいつ、たとえ日本一になれたとしてもビールかけとかで思い切りはしゃぐことはできないんでしょうね(笑い)。控えめで優しくて周囲にとことん気を使う子だから。いいんですよ、それで。これからも彼らしく一歩ずつ成長していってくれればいい」と自身の系譜を継ぐ教え子にエールを送った。












