【球界こぼれ話】「審判に“個性”って必要なんでしょうかね?」
先日、ある投手が雑談中にこんな不満の声を漏らしていた。プロ野球の一部審判に「余計な動きが多いのではないか」という指摘である。
確かに昨今の試合を見る限り審判、特に球審にはその傾向がある。ストライクのたびに過剰に声を張り上げる人がいれば、打者の三振時に体全体を使って独特のポーズをつくる人…。それこそジェスチャーは千差万別で、経験を積んだ審判こそ独自の表現法を確立していると言っていい。数年前の春季キャンプで、ある審判に「球審の表現方法は自由なのか」と聞いたことがあるが、その際には「キャリアを重ねた審判であれば(独自でも)問題ない。周囲にわかりやすい表現というのが条件ですが」と説明してくれた。この点からも規定内であれば各審判が独自のジェスチャーで判定を下すのは問題ないのだろう。
ただ、その一方で審判が目立ち過ぎたり過剰なコール、動作は選手やファンに不平不満を抱かせることにもなりかねない。
冒頭の投手がこの点を踏まえこう嘆く。
「僕らが審判、特に球審に望むことは大げさな動きではなく迅速で正確な判定です。でも、最近は各審判の動きが少し大きいせいか、一部審判が球審になると(ストライクとボールの)コールが遅れ気味になっている。他投手に聞いても『あの球審だと投げにくい』とか『判定が遅いからテンポが悪くなる』という声が少なくない。野手の中には『(球審の)動きにイラッとする』と不快感を抱く人すらいるほどですから。審判の方々もプライドを持ってやられていると思うので偉そうなことは言えませんが…。正直なところ改善してほしいところはありますね」
審判という職業は想像以上に地味で過酷な仕事である。正確な判断が当たり前で、ミスをした時だけ周囲から非難を浴びる。グラウンドでは常に打球直撃の危険性をはらみ、夏場の屋外デーゲームでは猛烈な暑さとの闘い。雨中戦ともなればびしょぬれの悪条件下で正確な判定を要求される。そんな立場と日々の苦労を考えれば多少のアピールはあってもいいし、もっと評価されるべき。だが、必要以上に目立つパフォーマンスや判定に影響を及ぼすジェスチャーは不要と言える。
ペナントレースは今後夏場を迎えシ烈な戦いが予想される。必然的に審判の判定に視線が注がれる場面も増加するはずだ。黒子役に徹してこそ、審判の威厳や存在価値は高まるという意見もある。審判の派手なパフォーマンス。あらぬ批判を浴びる前に一考の余地があるのかもしれない。












