【取材の裏側 現場ノート】〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)が亡くなってから、早くも8か月がたった。9日の新日本プロレス&全日本プロレス&ノアの合同興行「ALL TOGETHER AGAIN」(両国国技館)でもサブタイトルに「元気があれば何でもできる!」が使用されるなど、不世出のスーパースターを追悼する声はやむことがない。

 それは世界最大のプロレス団体「WWE」(米国)でも同じだ。4月1、2日に米カリフォルニア州イングルウッドのSoFiスタジアムで行われた祭典「レッスルマニア39」には〝ザ・ビースト〟ことブロック・レスナーが出場。大会では〝大巨人〟オモスに快勝したが、試合前のバックステージではこんなことがあったという。

 今年の祭典には猪木さんに近かった関係者が来場。バックステージを歩いていたところ、レスナーから大声で呼び止められた。旧知の仲だけに近寄っていくと、レスナーから「本当に残念だったね」とお悔やみの言葉を伝えられたという。

 さらにレスナーは同関係者に、猪木さんの闘病生活と最期の様子を尋ねてきた。会話の途中で別の関係者から声をかけられたが、それには構わず猪木さんの最期を熱心に聞いていたという。

 プロレス最高峰のWWEとIWGPのヘビー級王座を獲得し、総合格闘技(MMA)の頂点「UFC」でもヘビー級ベルトを巻いた史上唯一の男。45歳になった現在もWWEのリングに上がり、傍若無人に暴れまわっているが、猪木さんへの畏敬の念は忘れていなかった。

 実際に、生前の猪木さんもレスナーを高く評価してきた。レスナーは2004年にWWEを退団。猪木さんはフリーとなったレスナーと独自ルートでコンタクトを取り、05年から新日マット参戦を実現させた。当時は「エースに」とほれ込み、レスナーが06年7月にドタキャン騒動を起こした際にも擁護した。07年6月の旧IGF旗揚げ戦ではメインに抜てきした。

「俺にはプロレスと格闘技に境界線はない」と言い続けた猪木さんには、「ブロック・レスナー」こそ理想像だったのかもしれない。もちろんレスナーにとっても、自身の価値を最大限に理解してくれた「アントニオ猪木」だけは、別格の存在なのだろう。