【平成球界裏面史 渡辺恒雄氏編】読売新聞グループ代表取締役主筆・渡辺恒雄氏の〝業績〟が、最近ふたたびクローズアップされている。NHKのドキュメンタリー番組『BS1スペシャル 独占告白 渡辺恒雄』(2020年)が再放送され、内容を書籍化したノンフィクションも新たに発売された。
その渡辺主筆が〝巨人のドン〟として君臨するようになったころ、読売新聞主催の巨人軍激励会のあいさつで読み上げた原稿(B4コピー用紙5枚)が、筆者の手元にある。平成4年(1992年)4月1日、ホテルニューオータニの壇上で、渡辺氏は藤田元司監督以下、巨人の首脳陣、選手たちを前にこうぶち上げた。
「今年、諸君が優勝してくれれば、十億円選手を作りましょう。ただし、これは今日が四月一日であることを考えて下さい」(原文ママ、以下同)
こう言って、「今日は失言しないよう、原稿をワープロで打ってきたんだ」とアドリブで補足。笑いを誘うと、ふたたび真面目な顔つきに戻ってこう原稿を読み続けた。
「しかし以下はエイプリル・フールではありません。本当に優勝すれば一億円選手を何人作ってもよい。桑田君は二十勝などといわず、二十五勝したら三億円出そうではありませんか。原君もホームランを四十本打ってくれたら三億円出そう。
読売にはそのくらいの余力がある。優勝するためには、巨人軍は赤字になってもかまわない、と読売新聞の経営者は考えています。もちろん優勝してかつ黒字であるのが一番よいのですが。」
渡辺氏は前年の平成3年5月、先代の〝ドン〟務台光雄名誉会長が死去した後に読売新聞社社長に就任。巨人がBクラスに低迷していたこの年9月、自分が横綱審議委員でもあることを引き合いに出し、こう発言した。
「稽古総見のぶつかり稽古を見てみろ。真剣勝負だ。巨人はテレンコ、テレンコじゃないか!」
藤田監督がコーチ陣の全員残留を求めたことにも、承服できないと怒りを露わにしている。その結果、藤田監督の腹心だった近藤昭仁ヘッド、松原誠打撃コーチが解任。以後、渡辺社長は巨人への〝爆弾発言〟で注目を集めるようになった。
しかし、平成4年4月1日の激励会は読売新聞社社長、イコール〝巨人のドン〟となってから初の公の場。面白おかしくかき立てられないようにと用心したらしく、あいさつ原稿の冒頭にこんな一節が盛り込まれていた。
「私は、諸君に対し、多少きびしい言葉を使ったため、スポーツ新聞に、放言、暴言、爆弾発言等と書かれ、なかには『吠えた』などと見出しをつけられました」
われわれ報道陣に配布された原稿のコピーは、その次の1行が黒く塗り潰されていた。が、今時の役所の〝のり弁文書〟とは違い、サインペンで上書きしただけなので、いまでもその下の文章がはっきりと読み取れる。
「私は犬ではないから吠えたりはしませんよ」
渡辺社長はこの1行を飛ばして、こう続けた。
「ちゃんと日本語を使っているのですが、『吠えた』という見出しの方がスポーツ紙が売れるためか、すぐに『吠えた』といわれてしまいます。」
当時、渡辺社長は「ナベツネ」という呼び名が見出しになることにも不快感を示していた。
「逮捕された犯罪者でも名前に『容疑者』が付く。裁判になっても『被告』が付く。なんでオレだけ呼び捨てなんだ!」
このお怒りを受けて、一部スポーツ紙は「ナベツネさん」と見出しに謳っていた。その後、間もなく全紙が「渡辺」に表記を〝統一〟している。
なお、「三億円出そう」と言われた桑田真澄(現ファーム総監督)は風邪気味であることを理由に激励会を欠席していた。
さて、そんなふうにどこか人間臭さも感じられた渡辺主筆に比べ、先代の〝ドン〟務台名誉会長のあいさつは、迫力とすごみに満ちていたものだ。その手書きによる最後の演説原稿もいずれ〈平成球界裏面史〉で紹介したい。

















